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遼州戦記 保安隊日乗 7

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「嵯峨さん……まじめに答えてよ。このデータの流出元は東都工大の研究室の通信端末よ。あそこは法術師至上主義者よりは共産主義者の出入りが盛んな場所でしょ?」 
「ああ、今時学生運動をやっている奇特な大学の研究室からの流出ねえ……となると東和の軍部の暴走を警告するって言う意味合いのものか……でもあそこの赤い連中に東和軍のネットワークに侵入してすぐに足がつかないだけの技術力があると思う? 」
「だから吉田少佐に嫌疑がかけられたんでしょ? 東和宇宙軍のネットワークに侵入して足跡も残さずに情報を抜き取り、それを軍部を批判する組織に譲り渡す……まあ吉田少佐の経歴から考えたらあり得ない話なんだけど、現在行方不明で上司もその足取りを把握していない。疑われても仕方がない状況にはあるわよ」 
 上司が足取りを把握していないと言う一言はさすがの嵯峨にも堪える一言だった。俯いて指で机の上の埃を一つ一つつまんでは吹き飛ばしていじける嵯峨。
「確かにそう言われたらその通りなんだけどさあ……吉田の野郎が資金源なんてたかが知れてる学生活動家に苦労して手に入れた情報を譲り渡すと思う? アイツは守銭奴だよ。具体的設計図としては役には立たない代物なんだろうけど東和がインパルス砲開発を諦めていない事実の暴露はそれなりの利用価値のある情報だ。値段をつり上げる方法を熟知している吉田のことだ。もし奴の仕業なら学生活動家の懐じゃ思いもよらないような値段でそのファイルを売りつける先を捜すんじゃないかな」 
 嵯峨の言葉などまるっきり読めているというように安城は肩を落とすとそのまま部屋の中央の応接セットのソファーに腰を下ろした。嵯峨はそれを見ると少し気が楽になったというように上着の胸のポケットから煙草を取り出すと静かに火を付けた。
「吉田の馬鹿がこのタイミングで行方不明だということ以外は奴が疑われる理由は無いわけだ……。しかもそのことはすぐに捜査の責任者である秀美さんが悟ることは織り込み済み。そしておそらく同僚のよしみで俺に捜査情報を話すことも……東和宇宙軍上層部は知ってて今回の吉田の身柄の確保を指示してきた……そう考えられないかな? 」 
 煙草の煙を吐きながら吐いた嵯峨の言葉に少し驚いた表情で安城は嵯峨のとぼけた顔を見つめた。
「東和軍が……遼北と西モスレムが一触即発の時期に同盟の機関に揺さぶりをかける……同盟解体後をにらんでの布石? それとも……」 
 首をひねる安城の前でモニターに着信が告げられた。
「せっかく通信遮断してたのに……」 
 嵯峨が恨みがましい目で安城を見るが、安城はただ無表情にその通信に嵯峨が出るように彼の肩に手を置いた。渋々嵯峨は通信端末の受信ボタンを押す。
「ラスコー! 」 
 ただでさえだるそうな嵯峨の表情が疲れで押しつぶされたような表情に変わる。モニターにはでっぷりと太ったアラブ風の男の顔面が画面いっぱいに広がっている。安城はそれが西モスレム首長国連邦の現代表であるムハマド・ラディフ王のそれであることを思い出すと興味深げに嵯峨のげんなりとした顔に目をやった。
「君とワシの仲だ! 先月から通信を続けて今つながったのも神の思し召しだ! 頼みが……」
「嫌な神だねえ……まさに神のいたずらってところですか? それに俺はラスコーなんて名前は捨てたんでね」 
 安城も驚くほどに不機嫌そうに嵯峨は言葉を吐き捨てた。嵯峨の貴族嫌いは筋金入りなのは知っていた。本人は捨てたつもりでも遼南王家の当主の地位がどこまででも追ってくる。僅か十二歳で皇帝に即位して翌年には廃帝とされ、さらに36歳の時にクーデターで吉田に無理矢理皇帝に返り咲かされた嵯峨の流転の人生を思えばそれも当然と安城は思っていた。
 だが画面の中のアラビア王族はそんな嵯峨の感情に斟酌している余裕などは見て取れなかった。目が血走っているのは徹夜を何日も続けてきたことの証だった。大きな顔の後ろの背景を見れば、おそらくは首長会議中に藁にもすがる思い出通信を入れてきたことは容易に想像がつく。
「誇り高き王の位は自分の意志で捨てれるものでは無いぞ! 生まれて死すまで、王は王だ」 
「その国が消滅するかもしれないところの人に言われても……説得力が無いんですけど。まあ時間が無いからこちらからそちらの要件を言い当てましょうか? 遼南皇帝として遼北に圧力をかけて講和のテーブルに着けと言えと……無茶な話だ」 
「何が無茶なものか! 大陸の半分を占める遼南の意志が……」 
 慌てて捲し立てようとするアラブ人の言葉に静かな表情のまま嵯峨は机を叩いて見せた。黙り込む浅黒い顔に嵯峨は嘲笑を浮かべながら静かに胸のポケットから煙草を取り出すと火を付けた。
「俺の意志は俺の意志ですよ。遼南の民意とはまるで無関係だ。それに現在の遼南の実権は宰相アンリ・ブルゴーニュの手にある。話をつけるならそちらじゃ無いですか? 」
「アイツは話にならん!東モスレムにワシが野心を持っていると思っている。根も葉もない話ばかり……」
「それなら話はおしまいですよ。俺は一同盟組織の部隊長。それ以上でもそれ以下でも無い。じゃあ切ります……」 
「ま!……待った! 」
 王侯貴族の誇りとやらはどこへやら。今、画面の中に映っている巨漢の表情にはまるで資金繰りに行き詰まって不渡りを待つ町工場の社長と変わらない焦燥の表情が浮かんでいるのが安城から見てもよく分かった。嵯峨はその無様な顔色にようやく満足したように頷くと、静かに煙草をもみ消して腕を組んでじっとモニターを睨み付けた。
「民衆が殉教者を気取り始めて手が付けられないから助けてくれってのが本音でしょ? それならそう初めから言えばいいのに……」 
 嵯峨の鋭い指摘に血色の良い頬が自然と俯く。この緊迫した情勢の中でのその様子が安城から見ても滑稽で思わず吹き出しそうになる。そんな安城にちらりと目をやった嵯峨は手近にあった拳銃のカートリッジの空き箱の端にボールペンで素早く走り書きをして安城に見せた。
『この様子は録画中。そのまま遼北外務省に送信よろしく♪♪ 』 
 得意げににんまりと笑う嵯峨にため息をつくと安城は画面から見えないように首筋のジャックにコードを差し込む。
「初めは法学者の指示で国境線侵犯の映像を流しただけだったんだ……情報開示が遅れているというのは常に同盟会議で我が国が指摘されてきた部分だ。それを忠実に実行して来たわけだが……」
「ただ出すだけなら良いんですがねえ……政府系の新聞ででかでかと『無神論者の挑戦』なんて見出しを出してまで発表する必要があったんですかね? あの新聞社の資本を出してるのはあんただったはずだ。おそらくここまでの挑発的な記事を出すとなったらあんたに許可を願いでないわけにはいかないんじゃないですか?」 
 明らかに見下すような視線を嵯峨はモニターに向けていた。それは一国際機関の出先の責任者が国家元首に向ける視線とは思えなかった。だが追い詰められた状況は覆すことが出来ない。王はただ黙り込んだまま次の嵯峨の言葉を待つ。