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遼州戦記 保安隊日乗 7

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「そのまま世論は好戦的な調子を保ちつつあんたはそれに乗って国境線に軍団を集結させた。それはいい。通常兵器で軍人が殺し合うならそれは国際法上もなんの問題も無い行為だ。同盟軍事機構には悪いが俺としちゃあ好きなだけ殺し合いをしてくれりゃあいい。それでガス抜きになるならあんたも今頃はそんな顔をして嫌みな俺に通信を入れる義理もなかったんでしょ? だがあんたはそれじゃあ満足はしなかった」 
 嵯峨の言葉が次第に詰問するような色を帯び始めたことにようやく王も気づいて顔を赤らめて凄みをきかせようと目つきを鋭くする。
「仕方がないではないか! 遼北は核を保有しておる。先制攻撃をされれば我が国は……」 
「じゃああんた等が先制攻撃すれば話は済むと? 二十メートルの厚いコンクリートブロックと鉛で覆われたシェルターの中のミサイル。しかも場所の特定はあんたも出来ていないとなると……西モスレムが先制攻撃をかけても数十分後には西モスレムにも核の雨が降るのはわかってた話でしょ? 人間は罪なもんだ……使えば破滅すると分かっている切り札でもあると使いたくなるものだからねえ……」 
「だがワシはまだ使っておらんぞ! 」 
「そりゃそうだ。使ってたら俺はあんたの膨張した顔を見ないで済んだ。今でもいいですよ。使ってくださいな」 
 嵯峨の軽口に王の顔色は青から赤へ、赤から青へとめまぐるしく変わる。だが今、嵯峨の持つ隣国遼南皇帝の位以外にラディフ王に頼る相手はいなかった。ただ自らをいかに誤魔化すかを考えているようにわざとらしい咳払いが続く。
「それにしても……優秀な西モスレムの諜報機関はどう動いてますか? ミサイル基地も直接攻撃が出来るなら通常兵器でも破壊が可能なはずですよ」 
「ほう、よくご存じで。ワシは知っておるぞ。保安隊にはお主と第一小隊の二人のおなご。それに整備士に一人不死人がおる。他にも忌々しい同盟軍事機構のシャー大尉もパイロキネシスト。他にも保安隊関係者には法術師が数々おる」
 さすがに虐め疲れたのか嵯峨がそれとなく誘いをかけてみる。王の顔は再び生気を取り戻し、にこやかに開いた分厚い唇から言葉が紡がれる。だがそれが今までの話とはまるで関係がないことが分かると安城は再びどう同情に値する悲劇の王をからかおうか考えている嵯峨をあきれ果てたような視線で見下ろすしかなかった。
 しかし得意げな王の表情が嵯峨の気に入るところではないのはすぐに分かった。
「その優秀な諜報機関……どう使ってますか? 」 
「どう使う?」 
 しばらく王の表情が固まる。そして嵯峨の言葉の意味が分からないというように首をひねった。
「別に遼北のミサイル基地の位置を把握しているかどうかなんて言うのは二の次三の次……一時期遼南で暴れた『東モスレム殉教団』のシンパのリストとかは届いてますか?」 
 そこまで聞けば王が青ざめるのは当然だった。軍内部に勢力を持つイスラム保守の勢力の中でも特に過激な『殉教団』のシンパ。彼等が戦術核絡みの部署にいればいつでも核戦争が始まることは目に見えている。
「ははーん。その様子だとご存じない。それじゃあ俺の知ってる範囲でシンパの連中をリストアップしておきましたから後で送信しますよ……身柄の拘束。よろしくお願いしますよ」 
 ラディフ王を安心させようとした嵯峨の言葉だがその意味するところは西モスレムの諜報機関の無能を証明することでしかなかった。持ち上げて落ちて引きずり下ろす。嵯峨のいつもの話術に呆れながら安城は嵯峨がメモ書きで示した秘匿ファイルを送信した。
「お……恩にきると言いたいが……危機が去ったわけでは……」 
「おいおい、いつまで人に頼るんだよ。無能な王様。あんたが煽って始めた事態だ。自分で収拾して当然だろうが!それとも何か?これ以上自分の無能さを俺に知らせるほどのマゾなのか? 」 
 凄みを効かせた嵯峨の一言に王は言葉もなく静かに目を閉じた。だが嵯峨はさらに言葉を続ける。
「それと……同盟軍事機構の部隊長としての義務を果たしたシン大尉。アイツは俺の身内だ。今、背教者扱いで自宅が包囲されてるだろ……もしその群衆が敷地に一歩でも踏み入ってみろ。その脂だらけの首をもらいに参上するからな……それだけじゃ不十分だな。周りにいる王族連中の安全の保障も出来なくなる……意味は分かるな? 俺の能力はよくご存じだろうから……」 
 嵯峨のとどめに王の脂で膨張した顔はそのまま画面からずり落ちた。
「あ……安心したまえ! すぐに暴徒は鎮圧する! それだから頼む! なんとか仲介を……」 
「仲介? だから何度も言ってるじゃないですか。俺は同盟の一支部機関の隊長。遼南の全権はアンリ・ブルゴーニュ首相のものだ。俺がどうこう出来る話じゃない」 
 冷淡な一言。王はただ連絡を入れる前よりも事態が悪くなったことだけを悟った。
「それなら……ラスコー。貴君の意向に従うすることにする」 
「おう、頼むよ。まあ遼北との和解に関しては俺の関知することじゃねえよ」 
 投げやりな嵯峨の一言に顔を真っ赤にして怒りを静めながら王は通信を切った。
「ずいぶんとまあ剣もほろろね……」 
 あきれ果てたという顔で安城はゆったりと隊長の椅子に体を伸ばす嵯峨を見下ろす。
「最悪の事態を考えない指導者と言う奴には俺は厳しいからね。21世紀。それまで当たり前とされてきた核の傘理論が崩壊したときの指導者の顔もたぶんこんな感じだったんだろうな。考えてみればその理論自体が脳天気な楽天主義に依存していたんだ。指導者が破滅を望まなくても民衆の怒りが頂点に達すれば彼等は自滅を積極的に求めるようになる。第二次世界大戦の枢軸国家の末期を見て勉強しなかった愚か者と同じ顔が見れるとは……良い勉強になったでしょ? 」 
 嵯峨のいたずらっ子のような表情はこの事態をいかに他人事のように彼が見ているかの表れのように感じて安城は不機嫌になった。
「そんな一時の感情で動いている民衆に同情するつもりにはならないの? 」 
 安城の棘のある調子の言葉だが、椅子から身を起こした嵯峨にはただ空虚な笑顔が浮かぶだけの言葉で自説を語り始めた。
「同情? なんで俺が……。先ほどの話の続きで言えばヒトラーと言う指導者を祭り上げて自滅に至った民衆を同情しろってことになるが……そのヒトラーは自著で『民衆は豚である』と言い切った男だよ。そいつを祭り上げるんだ……豚に同情するのはベジタリアンだけで十分だよ。それに俺はヒトラーの言葉にいつも付け加えたくなる言葉があるんだ」 
 相変わらずの殺気を放つ嵯峨の表情に安城はうんざりと開いた顔で頷いた。