遼州戦記 保安隊日乗 7
まるで既成事実のように語り始める二人。要はそれがいかにも気にくわないというように膨れた顔のままテレビの画面を眺めていた。
「同盟崩壊が決まった訳じゃないだろうが……」
「もしもの話よ。いつだって最悪は訪れるものよ。こういう風に意固地になって民族主義に走り出した国がどうにも出来ないのはゲルパルトの例を見ればわかるでしょ? 排外主義に突っ走ってどうしようもなくなってドカン。よくある歴史の一コマよ」
淡々とそれだけ言うとアイシャは仮組みしたプラモデルをうっとりとした目で眺めた。今の誠達に何かが出来るわけもない。出撃命令の出ていない武装組織はただの民間人。いや、それよりも情報に精通しているだけにそれ以下の存在だと言うことがひしひしと誠にも感じられてきた。
「吉田の野郎がいれば……」
「いてどうするの? と言うかあの人がこの状況を知らないとでも思っているの? 私の勘だけど……この状況と吉田少佐の失踪には何か深い関係があるような気がするんだけど……」
「アイシャ。そのくらいのことはここにいる誰もが分かっていることだ」
平然と自分の名案をカウラに切って捨てられてアイシャが肩を落として俯いた。その光景が面白かったので思わず誠はフィギュアの右腕を持ったまま吹き出す。すぐに顔を上げたアイシャが誠を睨み付けてくる。渋々誠は何もなかったことにして右腕をアレンジするとしたらどうするかと言うことを想像するようにプラスチックの部品を目の前にかざしてみた。
「まあこれから先は隊長の……いや、同盟司法局の本局や同盟会議の首脳達の判断になるだろうからな。なんとか動けるようにしてくれればいいのだけれど……」
愚痴るカウラ。彼女の気持ちは全員の気持ちだった。確かに自分達は現在つまらないことで謹慎中の身の上だった。そんな彼等でさえ現状はいても立ってもいられない状況。出勤していった隊員達がハンガーでこのニュースをどんな気持ちで聞いているかを想像すると逆に同情する気持ちすら芽生えてくる。
「まあ……世の中なるようにしかならねえよ! もし最悪を突き進めば遼北と西モスレムの全面核戦争。十億程度の人間が死んで終わり。同盟は瓦解し、地球の列強が隙間をついて各国にすり寄りベルルカン大陸は地球資本に浸食されて失敗国家がさらに失敗した社会になる。それだけの話だ」
そう吐き捨てると要は立ち上がった。
「どこへ行く! 」
カウラの強い語気に渋々振り返る要。
「煙草だよ」
それだけ言うと要はそそくさと食堂を出て行った。
殺戮機械が思い出に浸るとき 12
「嵯峨さん! 」
ノックもせずに黒いセミロングの髪の美女が保安隊隊長室を開いて押し入ってきた。それを見て机の上の江戸時代の九谷焼の花入れの極め書きを書いていた保安隊隊長嵯峨惟基特務大佐は困ったような表情で顔を上げた。
「秀美さん……ノックぐらいしてよ……僕は気が弱いんだから」
嵯峨は筆を置いて悠長に花入れに目をやる。その様子は明らかに押し入ってきた保安隊と対をなす同盟司法局の実働部隊で主に捜査活動を担当する部隊、通称『特務公安隊』の隊長安城秀美少佐を苛立たせるものだった。
「悠長に副業の骨董品の鑑定? それなら同盟解体後ならいくらでもできるんじゃ無いかしら? 」
つきあいはお互い司法局に配属後と言うことで三年程度だが、安城も嵯峨のこう言う明らかに空気を読まない行動には慣れてきたので余裕のある態度を装って皮肉を言ってみた。
「そうとも言えないねえ……回線を遮断しているから良いけど俺の端末にはひっきりなしに胡州陸軍から連絡が入ってる。同盟がつぶれて保安隊解散の暁には首輪を付けてでも本局に引っ張られることになりそうだ……それを思うとどうも……」
「いい話じゃないの。胡州陸軍大学校首席卒業ですものねえ、嵯峨さんは。陸軍省のふかふかの椅子がきっとお似合いよ」
安城の皮肉に嵯峨は今にも泣き出しそうな顔をする。それが嵯峨特有の駆け引きだと知ってからは安城もただ冷たい視線で立ち上がって花入れを背後の鑑定依頼の骨董品の棚に戻す嵯峨を眺めていた。
「嫌みを言いに来たにしてはずいぶん急いでいたみたいだけど……用があるんじゃないの? 」
嵯峨の悠長な態度を皮肉ることに夢中になっていた自分をその相手の言葉で思い出して安城は赤面した。それを悟って嵯峨がそれまでの迷惑そうな表情からしてやったりという笑みに表情を切り替える。それを見た安城はそのまま嵯峨の執務机の端末に自分の襟首にあるジャックからコードを延ばして差し込んだ。
「悪かったよ……そんなに急がなくても……」
「ここの吉田少佐の身柄を確保する命令が下りてきたのはどういうわけ? 」
端末の画面が変わるのを確認しながらそれとなく安城は呟く。嵯峨はその話題は予想していたと言うような表情で頭を掻いてどうこの場を切り抜けるか計算しているように視線を天井に泳がせた。
「吉田少佐の契約が特殊なのは了承済み、そして嵯峨さんも吉田少佐の行方を掴んでいないのもお見通し。その話題を長々連ねて時間を潰すのはご免よ」
先手を打った安城の言葉に嵯峨はいたずらを見透かされた子供のようにそのまま俯いてしまった。しかし、嵯峨の視線は安城が弄っているモニターから逸れることがない。
「命令の出所は内々に調べてみたけど……東和宇宙軍の上層部の意向みたい。それでちょうどその意志決定がなされた時刻にネットに流出したのがこの図面」
端末のモニターには複雑な設計図が写されていた。素人が、そしてネットユーザーのほとんどが見てもそれが何かを理解することは出来ないと言うような複雑な構造物の図面が映し出される。法務畑が専門で技術には疎いと自称している嵯峨もその図面自体の意味は理解しているようには安城にも見えなかった。
だがその図面のデータのファイル名には嵯峨の表情も一瞬の驚きを感じているように見えた。
「第一次インパルス・カノン試作計画……」
「どう? 」
鋭い視線を送る安城だが、嵯峨はそのまま伸びをして椅子にもたれかかるとただ呆然と正面の空間を見つめながら口を開いた。
「どうと言われても……インパルス砲。縮退空間を砲身全面に展開してそのまま高エネルギーで無理矢理打ち出すって言う理論は昔からあるわけだしねえ。先の大戦中も中立だった東和軍が自衛目的で研究を進めて他のは俺も東和の大使館付き二等武官だったから重々承知はしているつもりだよ……その試作砲台の設計図が流出……あれじゃないの? このきな臭い時期に東和の強さを見せつけたいという内部の自称愛国者の自作自演とか? 」
嵯峨の話に安城の表情はさらに険しくなる。嵯峨はそれを見るとしょんぼりと視線を落とした。
「内部犯行説は魅力的ではあるけど……一応、私も東和軍の保安部出身なの」
「それは知ってるんだけどさあ……人間魔が差すことは誰だってあるもんだよ。それに最近じゃ『ギルド』の法術師至上主義者が跋扈しているからねえ……そうだ!『ギルド』のシンパが情報を抜き取ってリークしたって線は? 」
思いつきと明らかにわかる白々しい嵯峨の態度に安城は大きなため息をついた。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 7 作家名:橋本 直