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遼州戦記 保安隊日乗 7

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「市街地じゃこれから会う連中は動きづらい立場にあるからな。埠頭の手前にちょっとした店がある。そこに呼んだわけだ」 
「ちゃんと来ればいいけど」 
 アイシャの皮肉にも要はただ儚い笑いで応えた。すっかり暗くなった道を次々と流れる車。それを見ながら誠は自分の知らない世界を生きる情報通達の姿を想像した。
 屈強な傭兵というのは今誠達が捜している吉田の姿を見れば映画の中の出来事だと言うことは想像がつく。町中で目立つような強力な義体を使用するのは戦場に着いてからの話。人並みの姿格好で街に溶け込むことが裏社会の面々にも必要な技量の一つであることは誠も次第に分かってきていた。
 そんな事実を知るとまるでこれから会う情報提供者達の実像がつかめてこない。考えても無駄だと思い切った誠はそのまま窓の外に視線を向けて流れる景色を眺めることにした。


  殺戮機械が思い出に浸るとき 9

   カウラは静かにハンドルを切った。そのまま高速道路から降りた車はそのまま走り抜けいつの間にか大きめの国道に入り込んでいた。一台として続く車は無い。そして下りた道路には街灯も無く、周りには明かりが一つとして灯らないビル群が現われた。
「薄気味悪い街ね」 
 思わずつぶやくアイシャの言葉に誠は自然と頷いていた。まるで生気のない街。一時期の地球諸国の在遼州諸国に対する国債の償還停止処分でこの近くに巨大な工場を抱えていた製鉄会社が倒産した話を誠は思い出した。
「酷い街。だからこそアタシ等みたいな連中には住みやすい」 
 要はそう言うと窓の外のゴーストタウンを見て笑った。時折見せる疲れたようなその笑いに誠はどこか要が遠くの存在になってしまうように感じられて不安になる。
 そのまま車は真っ暗な道を進んだ。時々すれ違う車はどれも地球製の高級車ばかり。明らかに富とは無縁のこの街の景色とは相容れない存在に見えるが誰もそのことを指摘することは無かった。
「そのまま真っ直ぐだ。そして突き当たりを右」 
 要は淡々とそう言うとそのまま窓の景色に視線を飛ばしてしまった。カウラはそんな身勝手に見える要を特にとがめることもなく車を走らせる。
「本当に不気味な街ね……ここって本当に東和? 」
 皮肉めかしたアイシャの言葉。しかし誰一人その言葉に答えるものは無い。車はそのままヘッドライトの明かりが照らす範囲に突き当たりが見えたところで右にカーブする。
 突如その正面にビル群がが現われた。これまでの幽霊ビルとは違う確かに人の気配のする明かりの灯ったビル。
「まるで魔法ね。ここの住人は何者かしら?まともな神経じゃないのはわかるけど」
 再びのアイシャの独り言。誠は目の前の人の気配にようやく安心して呼吸を整えた。車の数が急激に増え、カウラは車の速度を落とす。両脇には明らかに派手なネオン街が広がっている。人通りもそれなりにある。歓楽街といった感じだが、歩く人の姿はどう見ても東都の歓楽街のそれとは違った。
 派手な化粧とドレスの女。スーツの男はどう見ても堅気とは思えない鋭い眼光で店の前で煙草をふかしている。
「らしい街だろ?情報屋が隠れ住むには」 
 要はにんまりと笑って生気を帯びた瞳で誠を見つめる。誠は数ヶ月前に初めて訪れた東都の湾岸に浮かぶ租界を思い出していた。
 ここは確かに租界によく似ていた。街を歩く人間はすべてアウトローを気取り、ネオンの下の女達は退廃的なけだるい表情で周りを見回す。あえて租界とこの街の違いを述べるとすれば、租界にいた同盟機構から派遣された兵士達の代わりに黒い背広の男達が街のブロックの角ごとに立っていることくらいだった。
「かなりやばそうな人がいるわね……要ちゃんのお友達? 」 
「友達になれるかどうかはこれ次第だな」 
 アイシャの皮肉に要はバッグを叩いた。カウラが乾いた笑みを浮かべるとそのままゆっくりとヨーロッパ製の高級車の停まる酒場の前で車を止めた。
「ここか? 」 
 カウラの言葉に要は静かに頷いた。
「面倒な事にならなければいいけど……」 
 助手席を跳ね上げ、皮肉混じりの笑みを浮かべながらアイシャが降りる。要はにやけながら胸のポケットからタバコを取り出して火をつける。誠もまたアイシャの後に続いて淫猥な雰囲気が漂う街に静かに降り立つことになった。
 ビルの階下につながる階段の周りには黒い背広の男が数人雑談をしている。そしてその手が時々左の胸に触ることがあるのを誠は見逃さなかった。
「黙っていろ……嫌われたくないだろ? 」
 それと無い笑みを浮かべながら要がつぶやく。カウラも明らかに顔を顰めてそのまま男達の脇を通り抜けて階段を下り始めた。
「東和は民間人の銃の所持は禁止されているはずだがな」 
「なに、どこにでも例外はあるものさ」 
 カウラの皮肉にも要は動ずることなくそのまま階段を下りきって街のごちゃごちゃした猥雑な空間とは無縁な洒落た雰囲気の踊り場からバーの重い扉を開いて店に入る。
 ピアノの演奏が心地よく響く空間。薄暗い明かりの中に客の姿はまばらだった。街を闊歩していた淫猥な雰囲気の男女とは少し毛色の違うどちらかと言えば上流階級にも見えそうな落ち着いた雰囲気のカップルの客が数人静かに談笑している。
 カウンターでは初老の物腰の柔らかそうなバーテンが穏やかな表情でシェイカーを振っている。
「外の下卑た風景とは別世界……と言うところかしら」 
 アイシャがバーと呼ぶには広い店の中を見渡しながらつぶやいた。要は迷うことなく奥のボックス席を目指す。
シャは要を挟むようにして座ることになった。
「おう、久しぶり! 」 
 淡々と話をしていた要の頭の上に長い黒髪が垂れ下がる。驚いて要はそのまま上を見上げた。要を見下ろしているのは切れ長の細い目をした長身の女性。そしてその隣には小柄なローブをまとった少女が立っていた。
「オンドラ!テメエの髪がグラスに入ったじゃねえか! 」 
「なんだよ……久しぶりに会ったと思えばいきなりいちゃモン付けか? つれないねえ……人望の無いサナエの為にわざわざ手を貸してやろうとやってきてみれば……ああ、今は本名の西園寺要で通してるのか……すっかりお嬢様になっちまって」 
 明らかに挑戦的な表情を浮かべてオンドラと呼ばれた女性は遠慮することもなくクエンの座っていた座席に陣取る。
「ネネも座りな! 公爵令嬢の奢りだから好きなの飲もうじゃねえか! 」 
「テメエを呼んだ覚えはねえぞ……アタシが呼んだのはネネだ」
 ネネと呼ばれた少女が黙ってオンドラが叩くソファーに腰掛けるのを見ながら要は怒りに震えながらオンドラを睨み付ける。
「私が呼んだの……私一人じゃ安全を確保できないから。迷惑だった? 」 
 か細い声で俯きながらつぶやくネネと言う少女の言葉に要は怒りの表情を引っ込めて素直に首を振った。
「良かった……私はトマトジュース」 
 ネネは静かにそれだけ言うとそのまま俯いて黙ってしまった。誠もアイシャもカウラも、この二人のコンビがどうして要の情報網に引っかかったのか疑問に思いながらウエイターが近づいてくるまでの時間を過ごしていた。
「要ちゃん……なに? この二人」