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遼州戦記 保安隊日乗 7

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「主計大尉ってことで事務屋もこなせるがパイロットが本業だからな、あの旦那は。それにしても……西モスレムも遼北も張り子の虎だな。たかだか数機のアサルト・モジュールを失ったくらいで戦意喪失か? 」 
「アサルト・モジュールの一機の値段を考えてみろ。それにシン大尉がまともに撃墜しただけなら前線の司令官を更迭するなんて過剰反応をすると思うのか?恐らくコックピットを燃やしたんだろ」 
 ハンドルを軽く叩きながらカウラは車を追い越し車線に運ぶ。そしてそのまま一気に加速して目の前の大型トレーラーを追い抜いて見せた。
「法術ね。あの人はパイロキネシスとでしょ? 」 
 そう言うとアイシャはダッシュボードから携帯端末を取り出してそのままキーボードを叩き始めた。ラジオがニュースから音楽番組に変わったところでカウラはラジオを切った。
「シンの旦那はマリアの姐御から領域把握能力の指導を受けていたからな……テリトリーに入った敵機に法術発動して敵兵を全員消し炭にでもしたのか? 」
 冗談めかして要がつぶやく。アイシャはたた曖昧に頷きながら画面を頻繁に切り替えて検索を続けていた。
「どうやら要の冗談が本当の話みたいよ」 
 手を止めたアイシャが手元の通信端末の画像を無線で飛ばしてフロントガラスに投影した。真っ黒な映像が目の前に広がる。そして凝視するとそれが焼け焦げたアサルト・モジュールのコックピットであることが見て取れた。
「ひでえ有様だねえ……これを見たら戦意も無くなるな」 
 呆れたように要がつぶやく。
「僕が力を示さなければこんなことにはならなかったのに……」
 史上初めて法術を使った人間としての自責の念が誠を責める。手首だけが操縦桿だった黒い棒にへばりついているパイロットだった黒い塊。焼け焦げていく敵兵の意識。誠はそれを想像していた。法術は意識の領域を拡大したものと担当士官のヨハン・シュペルター中尉から聞かされていた。おそらくはシンもそれを感じていたことだろう。突然全身の水分が水蒸気爆発を起こす瞬間。想像するだけでもぞっとする。
「つまらねえこと考えるんじゃねえぞ」 
 まるで誠の心の中を読んだかのように要がつぶやく。誠は見透かされたことを恥じるように頭を掻くとそのまま外の風景に目を転じた。
 流れていく風景にはいくつもの高層マンションが点在している。そこに暮らす人にもまた法術師がいてその力の発動に恐れを抱きながら生きている。この半年の法術犯罪の発生とそれに伴う差別問題の深刻化は世事に疎い誠の耳にすら届いてくる。その典型例が先月の法術操作型法術師による違法法術発動事件だった。
 法術適性検査は現在では任意と言うことになっているが、一部の企業はリストラの手段としてこれを強制的に受検させ、適正者を解雇するという事象が何度となく報告されている。そんなリストラ組の一人がその鬱憤を晴らそうと次々と法術師の能力を操作して違法に法術を発動させ、放火や器物破損、最後には殺人事件まで引き起こした悲劇的な事件。
 その犯人が最後にこんな社会を作るきっかけとなった法術の公的な初の観測事象を起こした誠に向けた恨みがましい視線を忘れることは出来ない。おそらく誠がアステロイドベルトでの胡州軍保守派のクーデター未遂事件、通称『近藤事件』で法術を発動させなければその犯人は犯人と呼ばれることもなく普通の暮らしを送っていたことだろう。
 これから起きるだろう社会的弱者となった法術師の起こす自暴自棄の違法法術発動事件。それに出動することが予想されてくるだけに誠の心は沈む。
「誠ちゃん。自分を責めるのは止めた方がいいわよ。遅かれ早かれ法術の存在は広く知られることになったでしょうから。むしろ今まで存在が世の中にバレずにいたのが不思議なくらいよ」 
 気休めのように聞こえるアイシャの言葉に誠は答えることもなくそのまま窓から流れる風景を見つめていた。
 夕闇は次第に濃い色となって都心からベッドタウンへと変貌していく風景を闇の色に染める。点在する明かりが何度見ても暗く見えてしまうことに自嘲気味な笑いを浮かべる誠。
「ともかくシンの旦那みたいにちゃんと法術を役立ててる人間もいるんだ。そんなに悲観することもねえだろ? 」 
「役立ててるですか……ただ人を殺しているだけじゃないですか」 
 自分の言葉のひねくれ加減に驚いて誠は口をつぐんだ。軍人ならば敵を殺すことも任務の中に入っていることは十分承知している。それでも誠はどうしてもそれを認めたくないと思う自分がいることを否定できないでいる。
「その自覚があるうちは大丈夫だ。罪の意識を持たなくなれば兵隊っていうものは人殺し以下の存在になる」 
 ハンドルを握るカウラの言葉。車の中の雰囲気は一気に静かに、そして暗いものに変わり始めていた。
「なんだ……人を殺すのが怖いか? なら良い方法がある」 
 札束を握りしめてにやりと笑う要。その殺伐とした表情に思わず誠は目を引きつけられた。鉛色の瞳、そこにはいつもの要の表情は存在しない。
「ならとっとと先に自分がくたばることだ。生きている限り人は人を殺し続ける。この街に住む善良と自覚している人間達にしてもアイツ等の暮らしのために遼南やベルルカンで何人の人間が餓死していると思う? 何人の人間が人とも思えぬ扱いの上でくたばってると思うんだ? 生きている人間はすべからく人殺しだ」 
 自分の哲学を一通り語ると要はようやく満足したようにそのまま札束をバッグに戻して黙り込んだ。
「言うわね……お金持ちの台詞じゃないわよ。まさにそうして殺している直接の責任者は要ちゃん達貴族や金持ち連中でしょ? 」 
「積極的に殺すか消極的に殺すかなんてアタシは区別してねえよ。ただ、生きている限り人は人殺しの汚名を自然に帯びているという事実を語っただけだ」 
 アイシャの反撃にも特に関わり合いになりたくないというように要は黙って下を向いたまま答えた。誠は再び窓の外を見た。流れていく高層マンションの高さが比較的低いものに変わっていく。地価が下がったせいだろう。周りの雰囲気も次第に庶民的なものに変わり、豊川の郊外の住宅街のそれに酷似してくる。
「西園寺さんはそう思って生きているんですか? 」 
 思わず出た言葉。要の鼻で笑うような息が車内に響く。
「どう生きようがアタシの勝手だ。たまたまそれが今みたいな立場にいるからこんな考えが頭にへばりつくようになった。生き方が器用かもっと鈍感で鈍い頭の持ち主ならお気楽に生きられるんじゃねえかな……たとえばアタシの後ろの席に座っている馬鹿みたいに」 
「人を馬鹿呼ばわり? それとも器用だと褒めているの? 」 
 皮肉る要をふと振り返っただけでアイシャは黙り込んだ。人の生き死にの場面に出会ってきた数はおそらくカウラや誠の比ではないアイシャと要。それぞれがその現場での生きる意味について確固たる信念を持っていることはこう言う場面で誠は知らされることになる。そしてそんな二人の決して交わらない世界観をお互い尊重しているようなところがあるのが誠には奇妙に思われていた。
「次のインターで下りるのか? 」
 ハンドルを握るカウラが話題を変えようとするように少し明るい調子でつぶやいた。