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遼州戦記 保安隊日乗 7

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「もらう人間はみんな後ろ暗いところのある人間だぞ。それ以前に租界から出られ無いようなヤバイ人間もたくさんいるんだ。そいつにカードを渡してどうなる? ただの樹脂製の板をもらって喜ぶのは赤ん坊だけだ。現金、しかも米ドルじゃないと受け付けないな」 
「米ドル? それじゃあ大変じゃ無いの。最近は換金規制でそう簡単には手に入らないわよ」 
 うんざりした表情のアイシャの肩を要が叩いた。
「だから手分けして換金するんだ。幸いアタシのカードはそれなりに信用がある。銀行一つ頭十万ドルとして……大手を十件も回れば十分だろ」 
 『十万ドル』という言葉を簡単に言う要に誠はただ薄ら笑いで答えるしかない。
「コーヒー飲んだらさっさと準備しろよ。今日の夕方までに現金を作って夜には連中に会うからな」 
 要は一気にコーヒーを飲み干して立ち上がる。誠達はただ呆れてその様子を眺めていた。
「先ほどの様子じゃ目星はついているとして……もう連絡はしたのか? 」 
「まあな。返事を待ってても無駄だ。こう言う連中は興味があるときはすぐに食いつくが、無ければ何年待っても反応はねえもんだ」 
「それでその何処の馬の骨ともしれない連中ににいくら使うのかしら……」 
 手を広げて金の計算をしていたアイシャを要が睨み付ける。アイシャはただにこやかな笑みを浮かべると誤魔化すような調子でコーヒーを飲み干す。
「さっさと準備しろよ! 」 
 要はそのまま食堂を出て行った。誠達は彼女を見送ると当惑しながら顔を見合わせた。
「そんなに簡単に手配できるのか?それなりに裏の世界に通じた人間が」 
 カウラの心配そうな表情。
「全くそれにしても本当にすさまじい金持ちね。軍人やる必要なんて無いじゃないの」 
 アイシャもただ呆然と机の上に散らかっているカードを手にとってはまじまじと眺めている。
 誠は何も出来ずに状況を見守っていた。どうやら大変面倒な状況に落ち込みつつある。いつものことながら誠にはため息をつくことしかできなかった。


  殺戮機械が思い出に浸るとき 8

 その後、誠達はカウラの車で都心のビジネス街に向かった。持って行ったのはボストンバック一つ。銀行で札束を受け取る度にそれを無造作に放り込む要。
「まるで銀行強盗にでもなった気分だな」
 にやにや笑う要だが誠はそのバックの中身が分かっているだけに笑うことなど出来なかった。基本的に地球外に対する地球圏諸国の経済的締め付けはかなり厳しいものがあった。特にアメリカドルとなればその信用もあって換金にはそれなりの手続きが必要になる。しかも大体がこんな金額を現金でやりとりすることなど25世紀も半ばというのに考えている人間がどれだけいるか謎なところだ。当然窓口でなく話はすべて銀行の奥に通されての話となる。
「本当に麻薬や武器の取引ではないんですね? 」 
 要が自分の身分を明かして胡州の領邦代官にまで身元確認を終えてからも地球系資本の銀行の支店長はそう言いながらいぶかしげに要を睨み付けていた。
「私のお金です。後ろめたい使い道をするわけがないではないですか」
 本来の要の性格なら殴りかかっても文句は言えない態度だが、要は慣れた調子で丁寧に対応する。このいつもの態度との差にアイシャも要もただ呆然とするしかなかった。
 結局は夕方まで掛かってボストンバックいっぱいの現金が用意された。大口の決算処理が電子化されて数百年。これほどの現金を持って歩く人間が真っ当な金の使い方をするとは誰も思わないだろう。誠はカウラの赤いスポーツカーの後ろで小さくなりながら隣の席でバッグの現金の束を確認している要を見ながらただ苦笑いだけを浮かべていた。誠には一生目にできないようなそれほどの金額。下手をすればアサルト・モジュールの一機や二機は買える金額だ。
「ずいぶんと情報とやらを手に入れるにはお金が掛かるのね……」
 助手席で皮肉混じりにアイシャがつぶやく。
「胡州陸軍の非正規部隊も相当な金を使ってたからな。結局一番金が掛かるのが人間だよ」 
 札束を握りしめながら要がつぶやく。
「本当にこのまま行くのか? 東都を出ることになるぞ」 
 カウラがつぶやく。車は高速道路を東都湾に沿って一路東に走っていた。
「こんな金を湾岸の租界近くで持って歩くのか? 殺してくれって言ってるようなもんだぞ。ちゃんと相手には伝えてある。総葉(そうよう)インターまで突っ走れ」 
 すでに日は落ちて街灯の明かりに照らされている要の表情が急に冷たく感じられた。誠はそれを確認すると高速道路の防音板の流れていく様を見つめていた。
「総葉? 租界からは遠いわね……お客さんは……使ってるのは船ね」 
 アイシャの何気ない一言に要は静かに頷いた。
「何でもそうだが金で世の中の大概のことはどうにかなるもんだ。総葉には穀物関係のコンテナーターミナルがある上にヨットハーバーまであるからら。身元の怪しい船の一隻や二隻浮かんでいても誰も気にしねえよ。そこが実は租界と東和の裏の出入り口って訳だ」 
 札束を握りしめる要の言葉に意味もなく頷きながら誠はただぼんやりと流れていく景色を見つめていた。
「つまらねえな……カウラ。ラジオでもつけろよ」 
 命令口調の要の言葉にこめかみをひくつかせながらカウラがラジオをつけた。ちょうど夕方五時のニュースが流れていた。
『東都時間午後二時頃、西モスレムのアサルト・モジュールを主力とする機動部隊が国境線を突破し、遼北軍と交戦状態となったもようです。また、この侵攻部隊及び応戦する遼北軍に対して展開していた同盟軍事機構軍が攻撃を仕掛け、現在も戦闘が国境線全域で散発的に繰り返されているもようです。繰り返します現地時間午前五時頃、西モスレムの機動部隊が……』
「ついにぶつかったわね」 
 冷静な口調のアナウンサーのまねをするように冷静な口調でアイシャがつぶやく。誠も事態の展開が早まってきたのを感じていた。
 アナウンサーの言葉はさらに続いた。
『……遼北軍総司令部はこの戦闘でアサルト・モジュール5機を同盟軍事機構の攻撃により失ったことに関して同盟機構への抗議する声明を発表しました。また同じく四機のアサルト・モジュールを失った西モスレム軍高官は今回の前線司令部上層部の行動をイスラム法規委員会の方針に反した独断専行であると指摘、北部総司令以下数十名の高級将校の身柄を拘束して軍事裁判にかけるとの方針を発表しました。一方、同盟機構の大河内広報官は今回の軍事機構軍の行動は戦闘の拡大を防ぐための最低限の武力行使であり、以降も両軍の戦力引き離しの活動を続ける意向を示しており……』
「おい、シンの旦那のスコアー増えたみたいだな」 
 相変わらず札束を握りしめながら要がつぶやいた。遼北と西モスレムの軍事衝突の間に割って入ったシンの同盟軍事機構の部隊による両軍に対する実力行使行動の発表は車内に一種の安堵感をわき起こしていた。
「まあシン大尉なら実戦経験も豊富だもの。それにカウラちゃんと要ちゃんはかなり鍛えられたんでしょ? 」 
 アイシャの何気ない一言でカウラの前任の第二小隊の隊長が話題の人アブドゥール・シャー・シン大尉であることを誠も思い出した。