好敵手~ライバル~
「はぁー……、『ごめんなさい』なんて言うなよ……」
僕だって失恋の一度や二度は経験がある。しかし今度ばかりは納得がいかない。僕のどこに落ち度があるというのだろう。
僕に抱かれながら、女としての喜びを噛み締めていた望美の姿を思い出す。あの時はお互いに幸福だったし、相性も良いと思ったのだが、ああ、女性とはわからないものだ。
二日後。僕はフラッと立ち寄った広めのバーで、望美とその友人らしき女性の姿を見つけた。
望美は友達と話ながら、ハンカチで瞳を拭っている。
僕は気付かれないように、少し離れた席に座ると、ジャックダニエルのロックをダブルでオーダーする。僕はグラスの中で溶けていく氷で遊びながら、ピクルスを摘まむ。側耳を立てていたわけではないが、自然に望美と友人の会話が耳に入ってくる。
「それじゃあ、高野さんって人に悪いよ」
友人が僕のことを言っている。
「でもやっぱり私、日比野さんのことが忘れられないのよぉ……」
望美が泣き崩れる。
「日比野さんのことは、もう諦めなさいよ。妻子持ちなんだから。うーん……、別の人と付き合えば忘れられると思ったんだけどねぇ……」
友人が困ったような顔をして、オレンジ色のカクテルに煽った。
(なるほど。そういうことか……)
僕は望美が不倫の呪縛から逃れるためには、役不足だったらしい。
「ピエロにもなれなかったな……」
僕は琥珀色のバーボンに写る自分の顔を眺める。やけに情けない顔をしているではないか。僕はそんな自分を否定するように、ジャックダニエルを一気に呑み干した。石油のような飲んでいる気分だった。
バーを出て歩道橋の上から、高層ビルを眺める。幾何学模様で形作られた都会の街は、味気無いという人もいる。しかしそこに洗練された美しさを見いだす人もいる。
「物は考えようだ」
僕は乱立するビル群に向かって歩きだした。ビル風が正面から吹き付ける。僕はそれに屈することもなく、歩き続けた。
こうなれば、望美と僕とどちらが幸福を先に掴むか、競ったっていい。
僕の頭の中に「ライバル」という言葉が浮かんだ。そうだ。望美は僕のライバルだ。
そうでも思わなければ、僕の心も平静を保ってはいられない。
(了)