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好敵手~ライバル~

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「あなたのことは嫌いじゃないわ。でも、もうあれっきりにしたいの。これからは普通のお友達でいましょう。ごめんなさい」
 僕には望美のその言葉がにわかに信じられなかった。
「何だって?!」
 やや興奮して聞き返した程だ。
 そう。信じられる言葉ではなかった。何故ならば、僕はすっかり望美の恋人気分でいたからだ。
「だから言ったでしょう。普通のお友達でいましょうって。身勝手なのはわかってるわ。でも、本当にごめんなさい」
 そう言うと、望美は踵を返して、夜のネオンの中へ溶けていった。
 僕は呆然と立ち尽くし、人込みを意味もなく眺め続ける。雨も降っていない、乾いた空気の夜だった。高層ビルから吹きおろすビル風が、コートを剥ごうとする。僕は吹きさらしの中で、風に弄ばれていた。

 一昨日は確かに、望美をこの腕で抱いていた。
 仄かな灯りに浮かび上がった、彼女の見事なプロポーションに僕は男の血をたぎらせたのだ。
 「望美の身体の特徴を言え」と言われれば、そのいくつかは言うことができる。それにまだ僕の手には彼女のしっとりとした肌の質感が残っていた。
 そうだ。僕の分身を通じて、頭の一番奥深くに刻まれた記憶もある。この上ない心地よさを伴う、男として忘れ得ぬ記憶が。

「あの時、望美は喜んでいたじゃないか……」
 僕をからかい続ける風に、言い訳をするように呟いた。しかし風は、嘲笑するがごとく、なお一層強く吹き付ける。僕はようやく春物のコートの前を手で押さえ、歩きだした。
(これじゃ、まだ冬物が必要だな)
 僕もまたネオンの人込みの中へと紛れていった。何千、何万という人が夜の街を行き交う。
(一体、これだけの人がどこから来て、どこへ行くのだろう? 僕と同じ気持ちで歩いている人はいるのだろうか?)
 そんなことを考えては、ふと、歩みを止めてみる。しかし誰も答えてはくれない。高層ビルの上に、青い月が冷たく冴えていた。風は相変わらず、からかいながら吹き付ける。僕は口を開けているメトロの出口へと、足早に避難する。

 メトロに揺られながら僕は望美の言葉を思い返す。
「あなたのことは嫌いじゃないわ。お友達でいましょう。ごめんなさい」
 いっそのこと「嫌い」とはっきり言ってくれた方が諦めもつく。プラスティックの、玩具のナイフで、心の奥底に大事に仕舞っておいた鏡を割られたような気分だった。
作品名:好敵手~ライバル~ 作家名:栗原 峰幸