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お姫様の決断

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「いいんですよ。今無事なんですから」
 アリアのやさしい言葉に、ビオラはほっと一息つくことができました。それと同時に、話しながらビオラの脳裏に浮かんできたのは、ポタのことでした。ポタ何かをやったり、話したことを思い出したのとは少し違います。ポタの存在を、ビオラは思い出していました。同時にビオラは床にどさりと寝転がりました。
「どうしました?」
「うーん、なんだろ、体を今動かしたくないの」
 話しながらも、ビオラの頭の中をポタが埋め尽くしていきます。ポタの言葉の一言一言が、次々に再生されていきました。
「ねえ、アリア」
「なんですか?」
「ずっと一緒って言ったのよ」
 アリアが答える間もなく、ビオラは続けます。
「約束したのに。あいつは私を捨てたのよ」
 アリアは何を言っていいかわからず、黙りこんでしまいました。
「本当最低な奴、デブで間抜けで、ドジで、でもやさしくて」
 アリアは何も言えません。
「ねえ、アリア」
 ビオラはまたアリアに尋ねました。
「はい」
「ポタは、いま、どこに、いるのかな」
 言い終わる前にビオラは泣き出してしまいました。わんわんと子供らしく、大声を出して泣きました。アリアは何も言えませんでした。ビオラはどうして自分が泣いているのかわかりませんでした。ひとしきり泣いて、ビオラの喉は枯れ、ひっくひっくと嗚咽を漏らした後、ビオラは気がつきました。
 その感情がなんなのか、うまく説明はできないけれど、その気持ちはとても大きくて、温かくて、やさしいなにかでした。
「ポタさん……ですか」
「どうかしたの?」
「いえ、ポタという農家の人は、今一つきいたことがなかったので」
「そうなの?」
「はい、姫様がさらわれた時も、確かに主犯は誰かと騒がれましたが、結局容疑者は特定できなかったんです」
「……変な話ね、ポタは毎年野菜をうちに運んできているって言ってたわ」
「確かに野菜を運ぶ業者さんはいますが、少なくとも、ポタという名前ではありません」
 ではポタとは何者なのか。今まであった謎がさらに深まりました。
「どうしたらいいのかしら」
「手掛かりかどうかはわかりませんが。今の姫様の言葉が本当なら、この手紙はなにかの道しるべになるかもしれませんね」
 アリアは一通の手紙をビオラに渡しました。差出人はデュシャンヌ王国。つまりバーセル王子の国です。
「なんでバーセル王子から? 池に落としたこと怒っているのかしら」
「いいえ、なんでも謝罪したいことがあるようです。後日落ち着いたら会いたいとおっしゃっております」
 ビオラは二日後、バーセル王子と会う約束をしました。王様まで来るということで、国は大騒ぎになりました。いったい何事かと、いろんな憶測が騒がれました。バーセル王子がビオラを助けに行ったことは、国中が承知していました。それから王子はずぶぬれの恰好のまま国に帰ってきて、「誘拐犯は殺した。だが姫はいなかった」と言ったそうです。おそらくビオラに池へとつき落とされたことを言えなかったのでしょう。ビオラがさらわれてから、一番に救いに行くと言ったのはバーセル王子だったそうです。だから国では、ビオラを救えなかったことの謝罪だろうとささやかれていました。誠実なバーセル王子なら、だれしもが納得する結論はそこでした。
 ですが実際は違います。バーセルがビオラに告げることは、そのような内容の謝罪ではないことは確かです。では何か、ビオラは頭をひねりながら、謁見室でバーセル王子の来訪を待ちました。お昼過ぎに、王様とバーセルは申し訳なさそうな顔でとことこと部屋に入ってきました。王子の頬は腫れていて、ガーゼを貼っていました。
「姫様、お久しぶりです」
 ビオラはどうこたえるか悩みました。一応記憶はなくしている設定でしたが、今部屋にいるのは姫とバーセル王子と、デュシャンヌ国王の三人です。嘘をつく必要はないと感じました。
「ええ、お久しぶり」
 バーセル王子はビオラの対応に、やはり記憶喪失は嘘だったと判断できました。
「なぜ記憶をなくしたと嘘を」
「ポタのことを話すとややこしいでしょ」
 バーセル王子は口をつぐみました。
「で、何しに来たの」
 ビオラの問いに、国王が口を開きました。
「この馬鹿息子の愚行を許してくれ」
「父上!」
「まだ殴られたりないか?」
 国王はこぶしをちらりとバーセル王子に見せ、すごすごと王子は頭を下げました。どうやら国王が王子をぶったようです。
「説明しなさい」
 ビオラの催促に、バーセル王子は、覚悟を決めたように口を開きました。
「まず先に謝罪の言葉を述べさせてください。このたびは」
「いいから、早く」
 王子の謝罪の言葉をさえぎり、ビオラは結論を急ぎました。ビオラはそんなことをききたいわけではありません。
 王子は長々と、経緯を話し始めました。
「私は、以前からビオラ姫様のことをお慕いしておりました。国同士の距離も近く、私たちは何度もお会いしましたね。確かにこのままうまくいけば、結婚し、むすばれる流れにはなる可能性はある。しかし私は思いました。ピンチの時に駆けつける、そういう英雄のような存在に、世の女性たちは皆憧れているのでは、と。ですから私は、そんな子供じみた思想で、城の作物係の男に声をかけました。その男はあまり城でも目立たず、いてもいなくても変わらないような男でした。そういう男が必要だと思ったのです。そう、私はそいつに、ポタに金を渡し、姫の誘拐を依頼しました」
 ビオラの頭はその言葉で真っ白になりました。口の中は渇き、今までの出来事が走馬灯のようにかけぬけます。握ったこぶしには汗がじわじわとしみだし、部屋の温度が一気に下がったように感じました。外から聞こえる喧騒は、一気に遠くのものに感じました。
「そしてポタは、計画通り姫をさらいました。そして違和感がないように、時間をかけてゆっくりと、指定しておいた遺跡へと捜索の手を伸ばしました。それからは、姫様のご存じのとおりです」
 バーセル王子はソファから立ち上がり、床に座り、頭をつきました。
「申し訳ありませんでした!」
 ビオラは何も言いませんでした。
 ビオラが頼む前から、ポタは誘拐を計画していたのです。あの台車も、そのためのもので、遺跡もビオラが言う前から決めていたのでしょう。あらゆる偶然がつながり、二人の要求は一致したのです。
 幾多の事実が判明して、ビオラの頭で整理するのにしばらく時間が必要でした。机の上にあるコーヒーは、とうにぬるくなってしまいました。土下座を続けるバーセルの頭のてっぺんを、ビオラはじいっと見つめます。
 そして、一度深呼吸をしました。
「……一つ」
「はい?」
 王子は頭をあげ、ビオラを見上げました。ビオラの表情は今まで見たことがないような無表情で、怒っているのか悲しんでいるのかもわかりませんでした。
「一つききたいの」
「なんでしょう」
「ポタはどこ」
「何を言っているんですか。私は、あの男を刺し殺しました。」
「いいえ、死んではいないわ。だってあの後ポタとご飯を食べたもの。ねえ、ポタはどこなの」
作品名:お姫様の決断 作家名:ろくなみ