お姫様の決断
ポタはそう言うと、台車から運んできた大量の野菜と木の実を取り出してきました。お湯を沸かし、鰹節を中に入れ、だしをとります。キャベツにネギに、そのほかたくさんの野菜を入れ、少ないお米も突っ込み、塩と胡椒をかけます。ふつふつと煮たってきたところで、鳥の巣からとってきた卵をとき、鍋の中に入れました。太陽のように黄金色のお粥が完成しました。野菜たちの青々しさが、より食欲を掻き立てます。ビオラのおなかがぐうとなりました。
「こんなものしかできないけんど、我慢してくれるだか?」
「ええ、いいわ、ううん。これがいい」
ビオラはお粥をスプーンで一口頬張りました。とろけるようなお米の感触と、しゃきしゃきとした自然の味を再現したような野菜は、ビオラの舌を虜にしました。そのまま二人は笑いあいながら、ゆっくりとお粥を食べ、時間は過ぎて行きました。あたりが暗くなり始めてから、ポタは薪をかき集め、焚火を立てました。
「なあ、姫様」
「なによ」
「これからどうするだ?」
ビオラは持っていたスプーンを下ろし、腕を組みました。
「さっき言った通りよ」
「ああ、これからも逃げ続けて、本当の王子様が来るのを待つってやつだか」
「そうよ」
「じゃあ、お城には戻らないんだな」
ポタは顔をうつむけながら、横に置いてあるトマトにかぶりつきました。
「そういうことね」
「本気なんだか?」
「ええ、もちろんよ」
ポタはしばらく黙りこんだ後、横にまだ散乱しているトマトを一つつかみました。
「ほら、姫様もお食べ」
「ありがとう」
ポタはトマトをビオラに手渡しました。トマトは大きく、ビオラの片手では収まらないほどの大きさでした。焚火に照らされたトマトは赤みがより一層増し、太陽を思わせるほどの輝きを放っていました。
ビオラはそれにかじりつきました。はじけるような甘みが、ビオラの口いっぱいに広がりました。
「おいしい、トマトってこんなにおいしかったのね」
「ああ、すごいだろ? 野菜ってな、作る人の愛情が強ければ強いほど、甘くなるんだ」
「それって自分で言っちゃだめでしょ」
ビオラはそう言いながらトマトをがぶがぶと汁をまきちらしながら食べ続けました。口の周りはトマトでべたべたになりました。その様子を見てポタは笑いました。ビオラは足でポタのすねを軽く小突きました。ちっとも痛いはずもなく、ポタは笑いながらビオラの足を蹴り返しました。
「あら、姫になんてことをするのでしょうこの男は」
「お返しくらい許して下せえお姫様」
そう言うとビオラはまた笑いました。
「私ね、ここにきていっぱいいろんなことが知れたわ。魚の釣り方にリンゴの向き方、天気の読み方に食べられるキノコの見分け方。数えきれない程よ」
「まだまだお嬢様が残っている気がしますがねえ」
「うるさいわねえ。私だってがんばったんだから、見逃しなさいよ」
「あはは、わかっただわかっただ。そうだ、姫様。食後のスープは飲みますかい?」
「ええ、いただくわ」
「そう言うと思って、魔法瓶にもう淹れていただ。どうぞお飲みください」
ポタはまるで執事のような風貌を装い、芝居じみた動作でコップにスープを注ぎました。
「執事にしてはえらく肥えているわね。ブタを執事にした覚えはないわ」
「ダイエットしていくんで、どうぞお許しくださいだ、お姫様」
ビオラは笑いながら、湯気の立つスープにふーふーと息を注ぎ、冷ましました。中にはキャベツやニンジンが細かく切られ、かつおぶしのまろやかな香りが中から漂ってきます。ビオラは一口、スープに口をつけました。
「とてもおいしいわ」
「お褒めの言葉、とても光栄でごぜえます」
「ねえ、ポタ」
「はい」
「あんたのおかげで、ちょっとは私、変われたかな」
「少なくとも、ただのわがままの姫様ではなくなっただよ」
ビオラは二口、三口とスープを飲み続けました。するとだんだん瞼が重たくなってきました。
「……ん、なんだか眠いわ」
「一日走っていたんだ。しかも病み上がりときたもんだ。眠くなって当然だ」
「そ、そうね」
ビオラは眠い目をこすりながらスープをまた飲みました。体の力がだんだん抜けて来ました。まるでお城で以前に強い風邪薬を飲んだ時のように感じました。
「ねえ、ポタ」
「はい」
「私たち、ずっと一緒よね」
「なにかあった時は、いつでも駆けつけますだ」
ポタの返事が聞こえたか、聞こえなかったかあやふやなまま、ビオラの意識は闇の底に沈んでしまっていました。眠りに落ちる中、キノコ狩りに行った時に採った、眠りキノコのことを思い出していました。
目が覚めたとき、まず見えたのはいつもの石の天井ではなく、大きなシャンデリアでした。眠りに落ちていたのは草のベッドの上ではなく、真っ白なシーツが敷かれた、ふかふかのベッドでした。
ビオラは、自分のお城に戻っていました。
五 どこなのよ
ビオラが城に戻ってから、いろんなことがありました。
まずは、王様と女王様は、泣きながらビオラを抱きしめていました。
「ごめんなさい、お父様、お母様、あと、苦しいわお父様」
そうは言っても王様は泣くばかりで、まともに返事すらしてくれませんでした。ビオラはその日から、王様と女王様に対して、いつもより目を見て話すことが多くなったようでした。
アリアも当然同じ反応をしました。ビオラの背骨がミシミシと音を立てるほど、つよく体を抱き寄せていました。
「もう姫さま! 本当に誘拐なんてされてどうするんですか! もう、この馬鹿!」
「わかったわかったわかったから、腕を離してよ、体が折れそうだわ」
そうは言ってもアリアの抱きしめる力は強くなるばかりで、まともに会話をしてくれません。ビオラはその日から、アリアとは一定の距離を取って会話することにしました。
「そんなに離れないでくださいよ! もうあんなに抱きしめませんから!」
アリアのそんな訴えで渋々会話の距離は元に戻しました。
「ねえ、それより教えてくれる? わたしがこの城に戻ってきた状況を」
「状況というか……そんな説明するほどのことじゃないんですよね。姫さまが夜に城門前で毛布にくるまれていたところを兵士が発見したんです」
「……毛布ねえ」
ビオラは不満げに窓の外に目を向けました。ついこの間まで過ごしていたタンザ山は、今日も高々とそびえ立っています。天気はあまりすぐれず、灰色の雲がタンザ山の頂上を隠していました。
「むしろ姫様は、本当に何も覚えてないんですか?」
ビオラは、自分が誘拐されたことに対して、言わぬ存ぜぬを通しました。ショックで記憶をなくすというのはよくある話なので、疑う人はいませんでした。
ですが、アリアのまっすぐな瞳を見ていると、嘘をついているのがどうにも申し訳なくなってしまいました。
「……アリア」
「はい」
「だれにも言わないって、誓う?」
アリアに嘘はつけませんでした。ビオラは、ポタとの長いようであっという間だった共同生活の話をしました。アリアは笑ったり、涙ぐんだり、ビオラと一緒に怒ったり、とても真剣に耳を傾けていました。
「全く、姫様って人は」
「ごめんね。危ないことをしたのはわかっているわ」