お姫様の決断
ビオラは会場の入り口にいる警備員を見ました。あの太った体型、見間違えるわけがありません。ポタです。ポタは目があったことに気がつき、小さく手を振りました。ビオラはその姿ににこりと笑いました。そして言いました。
「みなさま。本日はご来場いただき誠にうれしく存じ上げます。このような場を用意していただいたアンタム王国の皆さまへ、深く感謝の意をささげます。先日の無礼をお許しください。このように私は無事でございます。多大なる迷惑をおかけしたことを、改めてお詫び申し上げます。今後とも私は、アンタム王国と親交を深めていきたいと考えております」
皆ビオラの言葉にうんうんと頷いています。子供のころとは全く違う改まった態度に、ポタは驚きを隠せませんでした。
「ですが、このままでは私は、貴国との親交を深めることはできません」
会場全体がその言葉にざわつきました。アリアやビオラのお付きの兵士も戸惑いの表情を見せ、顔を見合わせました。
「なぜなら、貴国には私に対し、非常に無礼を働き、重罪を犯した男がいます。それは私のおったひったくり犯などではございません。あの件は私に全責任があり、そのこととは一切合財関係はございません。ですが、一人。たった一人の男がどうしても許せません。それは十年前、私を誘拐した犯人です。そしてその男は、この国の警備員をしており、この会場の警備を澄ました顔でしておるのです。この私に恥をかかせた、世界で最低の男です。その男の名は、ポタ。その男をわが王国は告訴させていただきます。以上です。本日はご来場、誠にありがとうございました。この後の舞踏会、どうぞお楽しみください」
ビオラは満面の笑みで、そう告げました。会場全体を、しばらく静寂が包みました。
ビオラ・マリ・スカーレット姫誘拐事件についての記録
被告、ポタ・ウィリアム氏は、十年前ビオラ姫を誘拐し、約十二日間、タンザ山の古代遺跡にて軟禁生活を行った。被告は事実をすべて認めており、計画も実行もすべて単独だと述べた。
・動機についての証言
ビオラ姫に対し、昔から異性としての憧れを持ち、それの欲求を満たすために行ったと述べている。危害を加える行為は一切せず、ただ軟禁生活を楽しんでいたと述べている。
・ビオラ姫帰還についての証言
ビオラ姫との生活に、次第に罪悪感を覚え始めたという。しかしビオラ姫は半錯乱状態だったため、ネムリダケを溶かしたスープを飲ませ眠らせ、城に帰したという。
・バーセル王子についての証言
バーセル王子来訪の際、胸に詰め込んでいたトマトを剣でつぶさせることで、偽装死を行ったとされている。ビオラ姫はその時には遺跡の隠し部屋に寝かされており、発見されなかったと推測される。
・誘拐後の被告の行動についての証言
国から離れ、誰も被告のことを知らない地へと向かうため、船や馬車を乗り継ぎながら、アンタム王国にたどり着いたとされる。妻、リディアとはその旅の過程で出会ったとされる。妻はすべての事実関係を把握しており、それを知った上で婚姻関係を結んだとされる。
・ビオラ姫に対しての謝罪
被告は深く反省しており、ビオラ姫に一刻も訴訟を取り下げ、家族との生活に戻させてほしいと懇願した。
・判決内容
被告の終身刑
配偶者リディアの死刑
・ビオラ姫の要望
前述の判決をしたのはすべてビオラ姫ではあるが、条件を二つ設けた。
それについては
九 こういうことで
ビオラは窓の外を見つめていました。山はすっかりと黄金色に染まり、風は秋の涼しい空気を運んできました。
「もう秋ですね」
ビオラのとなりのアリアがそう言いました。
「そうね、あれからもう、二度目の秋だわ」
「本当に、よかったんですか?」
アリアは、何がとは言いませんでした。ビオラはその言葉が何を指しているかは、理解していたからです。
「ええ、だってお姫様は王子様と結ばれるものよ?」
「おとぎ話とは、ほんの少しだけ違いますけどね」
「おとぎ話なんて信じているの? アリアは子供ね」
そう言うとアリアはくすくすと笑いました。
「でもこれはこれで、おとぎ話みたいな話じゃありませんか?」
アリアの言葉にビオラは反応しませんでした。まるでなにかを考えているかのように、タンザ山をぼんやりと見つめていました。あの遺跡のあたりも自然が豊かでした。今頃あそこも紅葉が美しいことでしょう。
「ちょっと見てくるわ」
ビオラが言いました。
「どちらへ?」
「昨日運ばれたやつのとこ」
ビオラは廊下を進み、階段を駆け下りました。裏口へと回り、倉庫に向かいます。倉庫の中を見ると、台車に大量に積まれた野菜がありました。ハクサイ、トマト、キュウリ、レタス、ピーマン、色とりどりの野菜はどれも新鮮そうで、倉庫の中でもきらきらと輝いて見えました。
「どうだ姫様、なかなかのもんが採れただろう?」
後ろから声がしました。ビオラはその野太い声が誰か、きいた瞬間わかりました。
「当然でしょう、ポタ。私が提供した畑とお金を使ったのよ? これくらいものは当たり前のでき、何も私は驚いてはいないわ」
そう偉そうに言うビオラに、ポタはにやにやと笑いました。
「何笑ってんのよ」
「別に、なんでもないだよ。それより姫様、改めて、本当にありがとうごぜえました」
ポタは深々と頭を下げました。
「まさか、あんな条件で極刑を免除してくれるなんて」
ビオラの要求はこうでした。ポタ夫婦に極刑を申し出たとき、免除の条件を加えたのです。
それは、毎年ビオラが提供した資金と畑で野菜を作り、城へと届けることでした。それはポタにとって、願ったりかなったりの、素晴らしい罰でした。
「でも冷や汗もんでしたけどねえ、姫様も人が悪い」
「驚かせたかったのよ。サプライズがなければ、楽しくないじゃない?」
「おら本気で死ぬ覚悟だったんだよ!」
「じゃあなんで、私やバーセル王子のこと、何も言わなかったのよ」
ポタはしばらく黙りこんで、「えーっと、それは」としどろもどろになりながら言葉を探していました。
「だ、だって姫様。あそこでそんなこと言っても、誰も信じてくれるはずないじゃないですか」
「まあ、確かにね」
「それにだ、姫様をうそつき呼ばわりしちまうことになる」
「実際うそつきだけどね」
「そいつもそうだな」
そう言って二人は笑いました。
「なあ姫様、一つ言い忘れたことがあっただ」
「なによ」
「ご結婚、おめでとうございます」
ビオラは、裁判から一年後、パラス王子と結婚しました。あの裁判の件で、パラス王子はすっかりビオラにのぼせてしまい、幾度にもわたるアプローチの末、二人は無事結婚したのです。
「あら、ありがとう。あのデブ王子もね、結構いいとこあるのよ。優しいし、たまにドジだけど私のことわかってくれるから」
ビオラとポタの関係も、王子にはすべて伝えてあります。それでもパラス王子は、ビオラ姫を支えたいと言ったのです。
「パラス王子はすごくいい王子様だ。おらも尊敬しているだよ」
「それはよかったわ。私の旦那を悪く言われたら、私も気分悪いわ」