真冬の夜の夢じゃないよ
翌日、夕方から降り始めた雨は、冷たく感じた。もちろん気温の寒さもあるのだろうが、胸に吹く隙間風に なお寒さを感じたのだろう。
傘を持つ手にかかる冷たい雨が手の感覚を失くしていくようだった。
コートのポケットに突っ込んだもう片手を握りしめても 彼女と繋いだ手の感触は思い出させなかった。
一晩中降った雨は、雪にかわることもなく 眩しい朝を迎えた。冷え込みもきつい。
ぼくは、化繊マフラーになってしまったカシミアの風合いだったマフラーを巻き出かけた。
その日も忙しい仕事の合間に彼女のことを考えた。これが終われば…、これが順調にできたら…、これが…… 彼女に逢える。そんな気合は ぼくの胸の内だけのこと。
自身でも半信半疑。いや、叶わないことが過半数にならないようにと思った。
その日は 予想していた残業時間程度で退社できた。
工事はいつ終わるのか、今夜も電飾がぼくの横を歩いてくれた。見上げた空にも星が見えた。温もりを腕に感じ、横を見たぼくは 驚いた。彼女がいた。
偶然? 必然? まちぶせなのかと三択して 偶然が勝利した。
「あ、ごめん。待たせたね」
ぼくは、まるっきり場に合わないことを口にする。だけど その言葉が正解と思えた。
ぼくの中で 偶然がまちぶせに変わっていった。どんな残業時間でも彼女は、現れるのだ。
この近くで働いているのかな。もしかすると、同じビル内に勤務しているのかもしれない、と思おうとした。まちぶせだとしても ぼくに不快な感情は 微塵もなかった。
ふたりで過ごす時間は 本当に幸せな時間だった。
あまりの幸福感で 彼女といつ別れたのか? 彼女は何処へ帰って行ったのか?
そんなことすら考えもしなかった。気が付けば 横に彼女は居るのだ。
来る日も、来る日も……。
まるで まるで まるで… まる…… で………
言葉にできない。言っちゃいけないことのようだ。苦しくなってくる。
なのに どうしようもなく 愛しい気持ちに変わっていた。
逢いたいなんて 思わなかった。だって 逢えるとわかっていたから。
彼女は 晴れた夜空を見上げて星を見つけることが好きだった。
雨の日には、ふたりで入っている傘の中でも星が見えるような気がした。そう、雨の日も彼女の傘は見当たらなかった。べつに 大したことじゃない。
ん、何? 紹介して欲しいって言うの?
「ねえ、どうする?」って訊いたとしても 彼女は恥ずかしがり屋だから、ぼくの後ろに隠れているだろうな。
それに ぼくが彼女と逢っていることは 誰も知らないことだったからそんなことを言いだすやつはいないさ。
作品名:真冬の夜の夢じゃないよ 作家名:甜茶