真冬の夜の夢じゃないよ
ふと耳元に手で触れた時に聞こえるカサッという音がした。
ぼくは、いつも利用する駅の前で腕時計を見た。
(あ、最終電車が出てしまう)
足早に構内へと向かい、定期券を改札のモニタ(読取部)にタッチさせ、ホームへと急いだ。
ホームには数人疎らに立っていた。それを見て 間に合った、と安心した。
彼女のことを思い返しながら 夜の空を見上げた。一番明るい星が見えた気がした途端にその視界は電車の上部に遮られた。クシュゥーと扉が開いて電車に乗り込む。
座席は、本来の人数設定とは違うものの ほぼ埋まっていた。
疲れた夜ならば、きれいな女性の横にでも座れば 疲れも多少は癒されるところだが、今夜は、その必要はなさそうだ。空いている男の隣に腰掛けた。
ぷーんと臭うアルコール臭が鼻についた。飲んだ帰りなのか、それとも体質的にするのか、そんな分析などどうでもいいのだが、早く下車してくれればいいなと思った。
結局、ぼくの方が先に降りた。
辿り着いた部屋。コートを椅子の背凭れにかけ、とりあえず……
今夜は、とりあえず 風呂だな。鼻から吸い込んだ臭いが 全身に滲みついたようで早く流したかった。
風呂上り、自宅のパソコンに届いたメールや楽しみにしているサイトを徘徊しながら、彼女の香りを記憶の中から探そうとしているぼくがいた。
思い出せない。
でも、確かなことは その夜から ぼくは 彼女のことが気になる存在になった。
彼女も そうだと思う。優しく微笑んでくれたのだから、きっとぼくに好意を持ってくれているに違いない。
覚えていない記憶の糸口を探すが、携帯電話にも 名刺の裏にも彼女に行きつくものがない。もう運命の再会しかないのか…… 消沈したまま、ベッドに倒れ込み、目覚めたのは朝だった。
作品名:真冬の夜の夢じゃないよ 作家名:甜茶