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真冬の夜の夢じゃないよ

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「あの……」
風のように耳をかすめた声が ぼくに掛けられたものとは思えなかった。
ぼくは 気にすることもなく歩き続けていたと思う。
「あ、あの、すみません」
はっきりと聞こえたその声に足を止めた。いや 同時にコートの肘の辺りを引っ張られたからかもしれない。そんなことは 大きな問題ではないのだ。
振り返ったぼくの前にいた彼女のことが意味を持っていた。
「は、なにか?」
ぼくの返事は相手にどう伝わったのだろうか、彼女の顔が一瞬にしてこわばったかのように見えた途端、ぼくの左頬に温かい衝撃と、その反動で強引に右方向と顔を向かされた。
次にその頬に痛いという感覚が付いてきた。なんなんだ? と思考が回ったのは一番後だったように思う。
「いきなり何するんだ!」と少し冷静ならば言葉も出るのだろうが、このときのぼくの口からは出なかった。そう……
「あ、ごめんなさい」そんな言葉を言っていた。
そして あろうことか 彼女の口から出た言葉はフェイドアウトぎみにぼくに届いた。
「あ、人違い……」
なんとも 抑揚もない 感情もない そこに悪いという気持ちすら感じられない音だった。
「はぁ、人違いですか」
ぼくも 勢いを落としてしまった。いやまったく 今思い返せばふつふつと熱く憤りが湧くのに 何故あのときは思わなかったのだろう。
「忘れて」と彼女は言った。「じゃあ」
え? 驚いた。それくらいのことだったの?
「あ、はい」とぼくは言った。

そうなんだ。怒りも何も起きないのだ。まるで夢のようだ。

夢。

そっか、これは すべて夢なんだ。 なぁんだ…… 夢?

そう思い、左頬に掌を当ててみると 左頬は熱を持ち、ややジンジンとした感覚がある。
夢なんかじゃないよ。

「待って」
ぼくは、後ろを向きかけた彼女を呼び止めた。
「これも何かの縁かな。少し話しませんか?」
どうしたことか、ぼくは 彼女を誘ってしまった。これもナンパというのかな。
「縁?」
「そう、縁。えにしってやつです」
「えにし……」
黒目の大きな彼女の目。吸い込まれるような眼差しに ぼくは目を逸らせなかった。それでも彼女の薄い唇が微笑んだのが見えた。赤みの薄い、紅も差していないような唇。
ぼくは、彼女と手を……(繋いでいたかな?)初対面なのに とても安らいだ気分だった。
その後のことは、酔ってもいないのに覚えていない。

作品名:真冬の夜の夢じゃないよ 作家名:甜茶