真冬の夜の夢じゃないよ
まだぼくがこの街に来て間もないときのこと。
仕事帰りのぼくは ある工事現場の横を通りかかった。
季節が冬だから寒いのか、寒いから もう冬なんだ、と思うのか。
昼間の暖かさが急速に空へと昇り、冷えた空気が地上を走る。大きな部屋のエアコンのようだ。足元は温まらない。それでも着込んだコートの襟を立てるほどでもないし、三足九八〇円税抜の靴下を買いに行った時に見つけたカシミアの風合いのマフラーは 自宅に忘れてきた。付け加えるなら 当初カシミアの風合いのマフラーだったが クリーニング代をけちって自洗濯したら ただの化繊マフラーになってしまったのだが… あえて付け加えることもなかったな。それくらい我慢のできる寒さの夜だった。
クリスマスの電飾のようなライトの点滅とホースの中を流れ動くような光のラインストーンに沿うように歩いていた。道路の区切りの角から 次の区切りまで続くその光は、何処か別の世界に続く路? なんて少々メルヘンチックなことを考えながら歩いていた。
まったく、想像とは人知れず楽しめる物語。
こんな仕事帰りの脂ぎった肌とチクチクと指先に感じるほど伸びた髭面で疲れた顔もしているだろうおっさんに程近い男だって、頭の中では 友人に誘われたアイドルとの握手会の思い出や まだ見ぬ理想の女性とのデート計画、ロマンス、アバンチュール、その後のあれこれ、好きなように思い描く。ただ 不審者や異常者に思われないように 薄ら笑みは気を付けなければいけないだろうと神経を働かせてはいた。
作品名:真冬の夜の夢じゃないよ 作家名:甜茶