勇者タローと妻ラリ子~暴走協奏曲~
「だから悪魔なんだよ。ランゴバルドも捨て駒にちょうどよかった。さて、次はこいつだな」
クロノが念じると、地面が盛り上がった。
「おわっ、なんだ?」
私は、それを見たとたん、胸がきゅうんとしめつけられた。
その地面から蘇ったのは――。
「シグルズ隊長・・・・・・」
だったのだから。
ヘルギくんは地面へつばを吐いて、
「やっぱり、鬼畜だったな、貴様は。クロノ!」
とほえた。
「なんとでもどうぞ。さあ、戦え、皆殺しにしろ」
私はクロノがなぜこんなことをするのか、はなはだ疑問だった。
やめて欲しかった。
骸が、戦うなんて、そんなこと!
「不思議か、太郎」
クロノは語りかけてくる。私は彼を見上げ、やめさせるよう願った。
「そうそう、願えばいいんだ。お前のような、ただの道具もちはな」
道具もち・・・・・・。
その単語が、私に何かを与えた。
昔から荷物もちにさせられ、いじめられてばかりだったっけ。
悪魔にもわかってしまうのかな、そういう弱いところが。
だから妻は・・・・・・だから妻は・・・・・・。
あ ん な
な ん だ よーっ!!
「いって欲しくないことを、よくもいったなぁっ!」
私はこみ上げてきた怒りをゲージに変え、クロノにアタックした。
「なにっ、キサマッ」
クロノは意外な反応を見せた。
というか、おとなしいはずの私が、いきなり暴れまわるものだから、きっと対応が遅れたのだろう。
顎の骨が砕ける音がした。
「やった、タロー、お前強いな」
ヘルギくんが鼻をこすった。
だが、隊長の骸は?
クロノが気絶した今、どうやら動くことはできないらしい。
だけど・・・・・・私は、それをするのがこわかった。
「やれ」
とヘルギくんにいわれても、手が震えてなかなかできなかった。
彼の遺体を荼毘に移し、火をつけて火葬するのだという・・・・・・。
豪快で意地悪だったが、悪い男ではなかった。
私は隊長のことを忘れないよ。
やっと火をつける決心をし、立ち上る煙に誓うのだった。
クロノは勝ち目がない、とでも思ったのだろうか。
突然姿を消してしまった。
ヘルギくんはざまあみろ、といっていたが、わたしはいや?ぁな予感が拭い去れない。
なんでかな、なんでだろう、なんでやねん!?
兄は気にするなといっていたし、ヘルギくんも上機嫌だったし、私もそりゃ、そうしたい。
そうしたかったけど、・・・・・・まず問題なことは・・・・・・。
どうやって帰ればええねん!
「俺の魔法で帰してやるよ」
お兄ちゃんが魔法を使おうと魔法円を描いた。
でも、限界が来ていたらしい。
「はあっ、はあっ。だ、だめだ、ゲーティアの魔法構築理論が、使えない・・・・・・」
「そんな・・・・・・」
ゲーティアは、古代にさかのぼるとソロモンの時代に書かれた魔法書で、ようするに、ソロモン王が自分に使いやすいように、悪魔とか天使を呼ぶ魔法陣や使用法を書いた本のことだ。
でも本質的に、ギリシャのアリストテレスさんがしっちゃかめっちゃかに説いた、エレメンツ、という、生き物の生まれたときから持っている属性に関する知識がもとなのだけどね。
「もういいよ、お兄ちゃん」
「だけどお前にはラリ子さんが待っているだろう」
「ラリ子のことまで知っていたのか・・・・・・」
お兄ちゃんを結婚式に呼べなかったのに。
いや、あれは痛かったなぁ。
ラリ子のヤツ、浮かれすぎて飲みすぎ、私を得意のジャイアントスイングで投げ飛ばしたんだから。強烈?・・・・・・。
三人で談笑していると、クロノが私を連れてきた穴から、なんと! ラリ子が現れたのだ!
「何でお前がここに!?」
私の問いに答えず、ラリ子は鎌を構えた。
「おい、おい、あれがタローの? ぷーっ!」
わ、笑わないでくだちゃいっ!
ヘルギくんが大笑いし、お兄ちゃんまで笑いをかみ殺してラリ子を見ている。
こらこら、あんたら、人のかみさんをなんだと思って!?
「た、タローなら、もっちっといい女つかまっただろうに、あひゃ、あひゃひゃひゃ。す、すげ、すげえデブでぶちゃいく!」
むかつくっ!
「ほっとけ! ほっとけ! うわあああん!」
「笑っていられるのも今のうちよ。これから八つ裂きにしてあげ・・・・・・」
ヘルギくんとおにいちゃんの笑い声は絶えない・・・・・・。
ラリ子を怒らすぞ、このままだと、あああ、神様! 今まで信じなかったことを、どうか許してぇ?!
今だけ信じますからっ!
「死 に さ ら せっぇぇぇ! おどりゃあああ、はあああっ」
なんと! ラリ子はありえない、ぶっちゃけありえないことをしてみせやがった!
口から凍りつくほどの冷気を吐き出したのだ。
なあ、なんかぱくってるよなぁ、これ!?
「ほほほほ、あでぃおす、あみ~ご。クロノとかいう悪魔ちゃん、ステキね。あたいにこんな、上等の毛皮とか、宝石くれるんだもん。誰かさんの安月給じゃ、到底手に入らないわね」
むっかっ。ああ、そうですねっ!?
さすがにきれちゃったもんね!
私はお返しにおにいちゃんから魔法書を取り上げ、でたらめに本を開き、むずかしいラテン語とかギリシア語とかの呪文のスペルを唱えた。
「私はラリ子を愛していたんじゃない! その力に惚れていたのだっ! ええい、思い知れ、ふぁいやっ」
クロノのヤツ、ラリ子まで使うなんて、ゆるせん。
「黒こげ、ダウン・・・・・・」
ラリ子の最期の言葉だった。
やった、ラリ子を倒したぞ! 痛恨の一撃で! 初めて勝てたんだ、ばんざーい!!
「タローさんよう、ラリ子ちゃんを倒しちゃって、まあ。どうするんだい」
「どうするって何が」
ヘルギくんがにやにやしながら私に尋ねた。
「メシは誰が作るんだよ・・・・・・」
あ、しまった・・・・・・。
「な? やべえだろ」
いや、でもヘルギくんが言うのは、メシ作らせるためだけに生かしておけばよかった、という言い方とも・・・・・・。
「それならヘルギくんに差し上げます」
私が気弱な営業スマイルで言うと、とんでもない! と、彼は勢いよく左右に頭を振った。
ほ、ほらみろ! 誰だってそういうんだ!
「誰もラリ子のよさをわからないなんて、かわいそうな女だ・・・・・・」
ラリ子の亡骸に両手を合わせた。
なむなむ。
「うう~ん」
ラリ子がうめいた。
・・・・・・やっぱ、不死身だ、コイツ!
「いやぁぁぁぁ! ゆるしてぇぇぇ」
私はヘルギくんに飛びついた。
今助けを乞えるのは、彼しかおらんぜよ!
「前が見えねえっつのっ。おいタロー、おりろ!」
「そそそんなこといったってぇ、ラリ子が復活しちゃうよ、とどめを!」
「とどめかいっ」
お兄ちゃんがツッコンだ。
「太郎ちゃんじゃない。どうしたの」
あっ、いつものラリ子だ!?
作品名:勇者タローと妻ラリ子~暴走協奏曲~ 作家名:earl gray