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勇者タローと妻ラリ子~暴走協奏曲~

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 クロノは、真っ黒な氷のような、いや、黒曜石だった、先端のとがったそれを、私の心臓に向けて放った!
「タロー!」
 ヘルギくんと、お兄ちゃんが叫ぶ声が聞こえたが、私は死をいざなう黒い刃先を防ごうと、構えるだけで精一杯だった。
 こ、こんな死にかたいやだぁぁぁ! 私は騎士じゃなぁぁぁい、ただのサラリーマンなんだよぉぉ?! 月給とりなんだよぉぉ! うわあああん。 

  
 じりりりり~ん、とけたたましい音を立てて、目覚ましがなり始める。
 懐かしい朝。
 私が目を覚ますと、ラリ子が味噌汁つくってくれる・・・・・・。
 ぼくちん、しあわせ。
 ああ、それにしても、いったい何日間、中世だか古代だか、ワカラン世界でがんばってきたのだろう。
 ・・・・・・がんばる?
 ・・・・・・使命?
 あ、そうだ、お兄ちゃんは?
 ヘルギくんと陛下は?
 あれからどうなったんだ。
 クロノ――。
 眠たい頭で今まで起こったことを考えていると、地震のごとくに床が揺れた。
 だいじょうぶ、ラリ子の歩く音だから。
 ・・・・・・て、まてよ。
 ラリ子、いるの!? 
「あんたっ! いつまで寝てるんだい! 早く起きて会社イケ!」
「ラリ子ぉ! 会いたかったよ、らりるれラリ子ォ」
 私は夢中で妻に抱きついたが、なにしろ頑丈なラリ子の図体。
 私など、ペッとはたかれてしまった。
 それでも愛してるんだよぉ!
「き、気持ち悪いわね。何食べたのよ・・・・・・きのうの牛乳、タイムサービスで一週間前のだったけど買って飲ませたけど、まさかあれ、腐ってたかしら?」
(奥さん、それはあんまりだ! 作者)
 私は感動しまくり。
 ラリ子が一番、何をおいてもラリ子!
 ・・・・・・と、そうじゃないっちゅーに!
「お前、男の子を三人知らないか。あの、ひとりは豪華なマントをつけていて、ひとりは鎧着て、もうひとりは・・・・・・」
「あんた、寝ぼけたね」
 ラリ子は歯の抜けた前歯でけたけた笑った。
 このあいだ、暴漢と戦って折ったらしい。
 さすがラリ子。
 それは女の勲章だよ・・・・・・。
「寝ぼけてないって。名前は、ヘルギくんとテオドリクスさんと、もうひとりヒロシ・・・・・・」
「つぶやきなんとか、って人に似てるあれかい? 太郎ちゃん。寝ぼけてるんなら、さっさと起きて、早めにオサムを連れて行ってよね。朝の空気吸えば少しはマシになるべな」
 ラリ子は再び、饅頭のような顔を広げて、ケタケタ笑う。
 な、なんかだんだん、むかついてきました・・・・・・。
「もういいよっ。朝飯はコンビニで買うし。いってくらっ」
 顔を洗った私は鞄を片手に会社に向かった。
「あ、太郎ちゃん」
 ラリ子はドアから顔を出した。
「オサム連れていってってば!」


 私は文学書を主にあつかう会社で営業をしていた。
 それだけに、あの時代・・・・・・ヘルギくんやテオドリクス王のいた時代のことが引っかかっていて、知りたくて、書庫の鍵を借り、読み漁ってみた。
 ニーベルンゲン叙事詩・・・・・・。
 発祥地はドイツか。
 それよりもっと古いものは、北欧のサガ、エッダとあった。
 さらに、シャルル・マーニュ、錬金術、哲学でも思想でも、関連があると思われるものはほとんど、ひととおりは読み終えることができた。
 それにしても、なぜ私は現代に戻ってきたのだろうか。
 確かクロノが魔法で心臓を貫こうとした瞬間だけ、記憶に残っていたが。
 いったい、どういうことなのだろう。
 胸騒ぎがした。
 これ以上は、足を踏み入れてはならない気がした。
 だが、偶然とは恐ろしいものだった。
 ふと視線をとめてしまった文章に、思わず青ざめた。
 ――ファーヴニル。
 この単語が何を意味するのか、にわかには理解しがたかったのだが・・・・・・次の刹那、くぐもった声が聞こえた。
 ――クククク、タロー。よく気づいた。
 私は聞き覚えのあるその声の主を思い出した。
「クロノか・・・・・・」
 ――そうだよ。お前の心臓が、すべてを、オレのすべてをかなえてくれる。お前の心臓は、ファーヴニルの心臓だからね。
 それでか、と私は瞬時に悟れた。
「たった今読んだ。ファーヴニルは魔法の力をシグルズに与えたのだよな」
 ――そうだよ。同じ名前を持つあの騎士は、その子孫だった。お前が殺したのと一緒だよ。あははは。
 たしかに・・・・・・隊長を見殺しに、したが・・・・・・。
 いまだに悔やまれる。
 だが、そんなことに思い煩っていては、明日はこない。
「クロノ。お前の目的は大体わかった。だが、私をこちらに戻せば、お前の希望は達成されるのか」
 ――思い違(たが)えるな。お前をこちらに戻したのはこのクロノではなく、お前の兄だ。
 お兄ちゃんが?
 もしかして、俺を助けるためとか、いう気じゃ・・・・・・。
 私は決心した。
「クロノ。もう一度、みんなのところに行く。お前の野望も、達成できるし、一石二鳥だろう」
 ――ほう。勇気があるな。
 クロノはあきれたといった口調だったが、書庫に飾ってある大きな鏡に、やつは姿を現し、入り口を開いた。
 ――鏡が入り口だ、入れ。
 私は必要なだけの知識はつんだ。
 だから敵の懐に、飛び込むんだ。
 ラリ子と別れたくはないが、しかたがなかった。
 これは、俺やヘルギ君たちだけの問題ではなくなってきている、下手をすると世界がなくなってしまうかもしれないのだよ。
 「必ず戻るから」
 誰に言うでもなく、私はつぶやいて、鏡の入り口を歩いた。

 
※タローは前の会社をクビになった 笑


「ヒロシ、だいじょうぶか」
 ヘルギくんがお兄ちゃんを支えている姿が見える。
 戻ってきたんだ。
 鏡の通路を抜けると、あの殺風景な世界が目の前に広がった。
 森はところどころ焼けているし、すすだらけだ。
 だけど、とても安心できた。
 ヘルギくんや兄ちゃんがいたからだろう。
「太郎!? なぜ戻ってきたんだ」
「俺が、クロノに頼んだのさ。このままにしておけないよ」
 ヘルギくんは私の顔を見て、よかった、とひとこと漏らす。
 その表情は和らぎ、戦士としての自分をしばし忘れているかのようでもあった。
「俺のことより、お兄ちゃん、どうしたの」
「お前を魔法で飛ばした後、足をくじいたらしい」
 ヘルギくんが言った。
「それにしても忌々しい悪魔め」
 ヘルギくんがグラムを構えた。
「タローが無事とわかったんだ、思う存分やらせてもらうぞ」
「そいつは、はたしてどうだろうか」
 クロノは私に黒く染まったナイフを突きつけた。
 どす黒い汚れは・・・・・・血痕?
 数多の命を削り取ってきた証だろうか。
 かすかに血のにおいがした。
「へたなことをしてみろ、タローの命はないぞ」
「てめえ、どこまでも汚いな!」
 ヘルギくんが叫ぶと、クロノはいかにも悪魔らしく高らかに笑った。