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森に棲む男

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「ロープを取ってくるんだ。早く!」
 足を縺れさせながら、ノアが部屋の奥に消える。ロープを受け取ると、おれはフランクの手を縛った。
「どういうつもりだ」
 息を切らせながら立ち上がる。フランクもくるしげに喘いでいた。鋭い視線はおれの脇をすり抜け、うろたえているノアを突き刺していた。
「そいつはおまえの友達じゃない」
「なんだって?」
「奴らが送りこんだスパイなんだ。人間じゃない」
 おれは戸惑い、ノアを見た。ノアは怯えて言葉も出せずにいた。おれを見つめ、こまかく首を振る。
「冗談よせよ。人間じゃなきゃ、なんだっていうんだ」
「アンドロイドだ。奴らがつくった」
 おれは絶句して、ノアとフランクを見較べた。
「おれはずっとユタの炭鉱に隠れていた。半年前、死んだはずの妻が現れた。ワクチンが完成して、病気が治ったのだと……」
 フランクの話はどこかべつの世界の言語のようだった。荒く息を継ぎながら、フランクは圧しころした声でいった。
「おれは妻を連れて隠れ家にいた。夜になって、奴らが襲ってきた。バリケードは解除されていた」
 そのときのことを思い出したのか、フランクは苦痛の表情を見せた。身を捩りながらいった。
「妻とともに奴らに捕まって、飛行機のようなものに乗せられた。おれは隙を見て、逃げ出そうとした。発砲し、弾が跳ね返って、妻の腕に当たった」
 フランクの口許に自虐的な笑みが拡がった。
「妻の腕から血は流れなかった。傷口からは無数のコードがはみ出ていて、火花を散らしていた」
 手に痛みを感じた。気づくと、ノアがおれの手をきつく握りしめていた。顔は青褪め、縋るようにおれを見つめている。
「奴らは十五年で独自の文明を築いている。とくに、ロボットやコンピュータの技術はおれたちの時代をはるかに越えたレベルにまで達している。おれたち生き残った人間を捕獲するために、アンドロイドを差し向けたんだ」
 おれはノアの手を振り払った。彼と距離を置き、ズボンの腰から銃を抜き取った。
「……本当か?」
 ノアが大きく首を振る。おれは声を荒らげた。
「はっきり答えるんだ!」
 おれの怒号にノアはびくっと体を震わせた。何度もどもりながらいった。
「ちがう。ぼく……ぼくはロボットなんかじゃない」
「嘘をつくな!」
 フランクがノアをにらんで怒鳴る。凄まじい形相だった。アンドロイドとはいえ、最愛の妻に裏切られたのだ。その怒りと絶望は容易に想像できる。
「ローランド、これをはずせ。時間がないぞ。すぐに夜になる」
「黙ってろ!」
 銃口を向けると、フランクは視線を天井に向けた。おれはノアに視線をもどした。
「ローランド……」
「おれの話は本当だ、ローランド。嘘だと思うなら、こいつを撃ってみろ。人間なら血が出るはずだろ」
 フランクの言葉で、ノアはますます青くなった。怯えきって混乱している。
 おれは銃口をフランクに向けた。
「黙ってろといったはずだ」
 低い声でいって、銃口を向けたままノアを見つめる。
「手伝え、ノア。こいつを地下に連れていく」
「ローランド!」
 フランクが腫れた目を剥く。
「よせ、ローランド。奴らはもうここへ向かってる。おれもおまえも殺されるぞ!」
 おれはフランクの声に耳を貸さなかった。暴れる彼を無理矢理立たせ、地下シェルターに放りこんだ。フランクのわめき声は厚いドアに遮られ、聞こえなくなった。
 リビングにもどると、ノアが立っていた。手にナイフを持っている。
「……なにしてる?」
 おれの問いに無言で俯く。
「それを渡せ」
 ちかづこうとすると、後ずさって逃げた。
「ノア」
 おれは銃を左手に持ち換え、ノアに向かって右手を差し出した。
「渡すんだ」
 ノアはじっと唇を噛んでいた。おれを見つめ、ナイフの刃を自分の腕に圧しあてた。
「ぼくはロボットじゃない。人間だ。それを証明する」
「ノア!」
 おれはノアに駆け寄り、その手からナイフを叩き落とした。もがくノアを力づくで押さえこみ、抱きしめる。
「そんなことしなくていい」
 掠れた声。ノアの体温を感じながら、おれは呟いた。
「おまえは人間だ。おれはおまえを信じてる」
「ローランド……」
 ノアが嗚咽を漏らした。首すじに濡れた感触。ノアの涙。人間である証拠だ。
「おれは昔からノアをよく知ってる。あいつはおとなしい性格で、繊細だったけど、決して弱い人間じゃなかった。おれなんかよりずっとつよくて、やさしかった。ノアなら……あいつなら、今みたいなことをしようとする。間違いなく」
 ノアがおれを見つめている。まばたきすると、目尻から涙がこぼれた。おれは指先でそれを拭った。
「もうじゅうぶんだ。おまえはノアだ。おれが愛したノア・ブライアントだ」
 ノアの指がきつくおれのシャツを握りしめた。

 身を寄せあってソファに寝ころび、ビデオを見た。レザボア・ドッグスのリマスタリング版。時代遅れのスーツを着た男たちが派手に銃を乱射している。
 ワインを飲み、いつの間にか目を瞑っていた。ノアがおれの肩を揺すった。
「ローランド」
 熱い息がおれの耳を擽る。おれは手を伸ばし、ノアの腰を抱き寄せた。ノアは身を捩って避け、おれの腕をつかんだ。
「ローランド、起きて。じき暗くなってしまう」
 ノアの声は切迫していた。たしかに、閉じた瞼に感じる光が薄くなっているのを感じた。
 おれはゆっくりと目を開けた。不安を湛えたノアの青い瞳がすぐそこにあった。おれはノアの頭を撫でながら、再び目を閉じた。
「ローランド!」
 いきなり頬を叩かれ、おれは顔をしかめた。
「なにすんだ」
「今すぐ起きて、ぼくの話を聞いてくれ」
「わかった。シェルターに入るよ。まったく、まるで口うるさい母親だな」
 ノアは笑わなかった。いつも真面目で、冗談を理解しない。しかし、このときはちがった。張り詰めた表情でいった。
「これを見てくれ」
 おれの腕を引いて起こさせ、ノアはナイフを握った。止める間もなく、腕に突き刺した。横一文字に切り裂く。
 ノアの腕から様々な色のコードが突き出るのを、おれはぼんやり眺めていた。
「……見たぞ。これで満足か?」
「ローランド……」
 ノアはなんともいえない眼差しでおれを見つめた。悲しそうな声でいった。
「彼のいったことは本当なんだ。ぼくは彼らにつくられ、彼らの命令でここにきた」
「へえ。そうかい」
 頭の下に腕を挟んで、おれは笑った。窓のない部屋に夕焼けの匂いが押し入ってくるかのようだった。
「よくできた機械だな。その瞳も、キスも、肌の感じも、ノアそっくりだ」
 おれはアンドロイドのノアの頬に指を這わせた。
「……ビッグフットを知ってる?」
「ゴリラの化けものか。雪山にいて、道に迷った旅人を襲う」
「今のきみがそれだ」
 ノアの青い瞳がおれを捕らえていた。
「十五年前、ウイルスが地球を襲った」
「FQ107Pだな」
「感染したひとのほとんどは死んだけど、残った者は独自の進化を遂げた。言語も体質も生殖機能もすべて変化した」
「言語って、あの超音波みたいなやつか」
「暗闇でも意思疎通できる。繁殖には……」
「やめろ。聞きたくない」
「新しい環境に順応してるんだ」
「新しい環境?」
作品名:森に棲む男 作家名:新尾林月