即興小説掌編集
すこしはなれて
ホームから電車が去る。電車の巻き起こした風で前が覆われた。指先で除けると色んな学校の生徒が混在するホームの中、光里がいた。相変わらずまっすぐの前髪に、黒縁眼鏡。制服は校則通りスカートを短くしていない。それはわたしも同じ。ブラウスも第一ボタンまで留めて、靴も学校指定の靴を履いている。生徒指導の先生には褒められるけれどクラスの女子からは浮いていた。わたしたちのただひとつの矜持は、指定のソックスじゃなくてヴィヴィアンウエストウッドのオーブがワンポイントの入ったソックスだった。
「おはよう」
わたしが声を掛けると「おはよう」と光里が笑った。地味だなと思う。光里もたぶん同じように思っているんだろう。
地味だけどクラスに居場所がないとか、息苦しいとか、ほかのクラスメートが迫害してくるとかそういうことはない。お互いにみんなじぶんのグループ以外の子には不干渉だった。地味な女の子は派手な男の子と付き合ってはいけないという暗黙のルールはなかったけれど、じぶんとは匂いが違うと嗅ぎ分けて単純に話をしなかった。あっちの世界に生きたいとわたしと光里はべつに思っていなかった。背伸びすれば疲れるし、その分その自殺行為の所為で息苦しくなる。話題にあげてばかだねと笑ったり、いい匂いしてるから普段どんな石鹸遣ってるんだろうねとかそういう話はした。そういう小さい悪口とか妄想が、わたしたちのなかの小さな反抗だったのかもしれない。
「野球部よりサッカー部の男子のほうがエロくていいよね」
光里は突拍子もなくそういうことを言ってくるのでわたしは好きだった。ただ、誰にもきこえないように小声で。
「野球部はガキって感じでみてて面白くないわ」
じぶんはあちらに干渉しなくても、こちらの想像を楽しくしてくれるひとのほうが見ていて好きだった。派手な女子グループが派手な男子グループと騒いでいる。教室が少し揺れる。きょうもここは平和だなと感じた。