即興小説掌編集
facebookのやまい
そこに存在するわたしはいつまでも過去の亡霊に憑りつかれたまま、ときの流れのなか立ち尽くしたままでいる。みんなが自意識を発露させたり、充実した日常を送っていることを誇示する中、じぶんは寂しい日常を送っているということを面白おかしく書いていた。いつも出かけるのはひとりか女友だちであるということを読み取ってほしかった。それは、いつも「いいね!」をくれるひとじゃなくて、登録してから一度も投稿しないあのひとに伝えたかったからだ。ずっと見ていないと思っていたけれど、あのひとが、わたしじゃない誰かに「いいね!」を押しているのを知って、体内の細胞が爆発して蜂の巣になりそうになった。それからわたしはあのひとにきいてほしいことを書くことにしていた。
いい加減、ここからもう逃げ去ってしまえばいいのにいつまでもSNSの病に憑りつかれたまま、狂ったようにあのひとの気を引くことを書きたかった。
ときどきは、あのひとのことを忘れないようにするためにアルバムの中の写真を見る。無数の光の粒で形成されるあのひとはいつまでも崩れることはない。
どうでもいい恋愛や仕事のことはいくらでも流れてくるのにあのひとのことはひとつも流れてきやしない。
もう会えない、会うことはないとわかりながらこんなことに縋りつくことしかできない。最近はその想いが強くなりすぎてるのか、あのひとの亡霊が人ごみに宿り、似た背中がそこに現れることが増えた。瞬きをたくさんすればもやが晴れてそれが偽物だとわかる。
もう終わりだと何度も何度も諦めたのに、まだ心のどこかで掴みたかった。
毎日何百回もそんなことを考えていたらとうとうあのひとの名前が流れてきた。それは投稿ではなく、タグ付されたあのひとの写真だった。よくわからないけれど胸の中が熱くなって皮がむけそうだった。あのひとは確かに存在して、着実に前に進んでいた。だけど体にはわたしの選んだジャケットを羽織っていた。
いつまでも素直に書くことはないだろう。あのひとが向こう側にいる保証はないけれど。
あなたが少しでもわたしを好きでいてくれたなら、それを自信に変えてわたしはこの亡霊を成仏する術を少しは考えはじめないといけない。前へ。ただ、前へ。