即興小説掌編集
十センチ
好きな女の子を世界で一番きれいだと思うのは、好きという感情が彼女を補正しているからかもしれないけれど、そういうのを抜きにして、瑠美の設計をしたとき、きっと神様はとても丁寧に筆を動かしたのだと思う。その分、ぼくのことは適当で、パーツもめちゃくちゃにしてしまったんだろう。彼女は風に吹かれてもきれいだし、陽を浴びているだけでもきれいだ。
「どこ入る?」
いろんな店の中を覗きながら休める場所を探していた。その度、何人かの同い年くらいの男子が瑠美のことを変な温度の視線を浴びせるから、やっぱり彼女はきれいなんだとじぶんの美意識が間違っていないことに安堵しつつ、嫉妬心を殺した。
「好きなところでいいよ。任せる」
そう言い続けたので五軒もの店を飛ばした。瑠美はまた歩き出すからこの店もだめみたいだ。信号で足を止め、ぼくの袖を掴んだ。ぼくは彼女の横顔を見上げ、彼女はぼくのことを十センチ上から見下ろす。
もう十七歳だから、身長がこれ以上伸びないんだなと諦めはじめた。一七二センチの彼女を好きになってしまったことを、何度も何度も悔やんだ。じぶんよりもずっと背の高い男子と並ぶ彼女を見て、こんなに美しいひとはこういうひとと並んだほうが絵になると思い、心をどんどん暗くしていった。このまま身長が伸びないなら死にたい、そういう気持ちが芽生えたときどうせ死ぬならと思ってつい彼女に伝えた。そしたら瑠美は奇跡みたいな笑顔で「三吉くんは女の子みたいで可愛いから好き」と言った。よかったのか悪かったのかよくわからない。
「瑠美」
信号が青になる前に名前を呼んだ。
「なに」
ぼくがもし、女の子みたい、じゃなくて、ちゃんと男になったらきみは好きじゃなくなるのかな。
信号が青に変わる。ぼくらの背景と化していたひとたちが動き出す。
訊きたいけれどやっぱり今回も訊けそうにない。
「ただ、呼んだだけだよ」
笑ってそう誤魔化しながら、神様にでたらめにつくられても瑠美が拾ってくれたんだからいいかな、とも思ったりした。