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霜月みつか
霜月みつか
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即興小説掌編集

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眉間の皺



 扉が開いて電車に乗ると、席が開いていたので腰をおろした。きまってリュックサックのなかには本を一冊忍ばせていて、こういうときに開く。電車の中ではなにをしたらいいのかわからない。自分の向かい側にあるポスターを見ていれば、その下に座っているひとから何見てるんだという顔で見返されるし、中吊りを眺めていても同じだ。電車の中は不特定多数の視線が交差しあうから苦手だった。
 本を読んでいると眠くなり、寝て、起きてまた本を読むという動作を繰り返していた。向かいの席から視線を感じて少し顔をあげると眉間に皺を寄せた男性がいた。おない年くらいで、健康的に焼けた肌をしていた。それが白いシャツにとても映えていた。なぜみられているのかわからず、気にしないふりをしてまた本に視線をやる。文字を追っていても向かい側から視線を感じる。顔に何かついているんだろうかとか相手はわたしを知っているんだろうかとかそんなことを考えている。もしかするとわたしの後ろにある広告を眺めているのかもしれない。そう思い、納得して気を落ち着けた。
 電車は次々に駅に到達していろんなひとを送り出していく。視線を感じなくなり、顔をあげるとまだ向かいに色黒の男はいたが、眠っていた。目を閉じていても眉間に皺が寄っている。わたしは、目を凝らし、眉間の皺を見ていた。それでも、思い出すものといえば部屋のアイロンをかけたばかりのカーテンだったり、ブルドックの額だった。男は電車の揺さぶりで、あるいは悪夢のせいかわからないが突然目をさまし、目が合ってしまった。その瞬間、わたしは彼のことをはっきりと思い出した。
 中学生のころ、わたしは生徒会に所属していた。彼は、その一期前の先輩だった。言葉を交わすことはなく、お互いの名前を知っている程度の仲だった。彼がわたしの名前を憶えているかは微妙だが。その頃からわたしは、彼の眉間の皺ばかり気にしていた。怒っているんだろうか、くせなんだろうか、生まれつきなんだろうか、いつも難しいことを考えているんだろうか。だけど彼が卒業し、彼のいない一年を過ごし、わたしも中学を卒業し、高校生になると眉間に皺のある色黒の男のことなどすっかり忘れてしまうのだった。
 次の停車駅で彼は席を立った。地元の駅はあとふたつ先なのに、引っ越したのかと思いめぐらしているとドアとは反対の、わたしの目の前に立った。
「あの、人違いだったらすみません。どこかでお会いしたことありますか」
 まさかの問いかけに、思わず言葉を失った。この複雑な関係をなんと説明すべきなんだろう。会ったことはある。だけど、知り合いではない。そして彼はわたしの名前を知らないようだ。わたしたちは顔見知りであったはずなのに、すっかり忘れてしまって、わたしの彼に対する情報さえ希薄で、ほぼ他人のようなものだ。だけどわたしは、何の関係のない彼のことをときどき考えていた。それはちゃんとした友人関係でありながらその相手のことを、そのひとがいないときに一秒も考えないことよりも親密であるように思えた。
「ある、と思います」
 わたしがそう発すると、彼の眉間の皺が素早く動いた。不適切だったのかもしれないと少し胸の中を冷やしていると彼はそうですかと言った。
「どこで会ったと思いますか」
 電車が停まり、ひとが降りて行く。
「えっと」
 答えをすべて知っていながら敢えて焦らしていたのは交わす言葉を増やし、すこしばかり彼のことを知りたいという好奇心があったからだ。
「駅、どこで降りますか?」
 わざとらしく扉に目をやり、「次です」と口を浮つかせて笑った。
「ああ、ぼくも、次です」
 男は眉間に皺を寄せながら零すように笑った。その笑みを拾ったわたしは、自分の中で好奇心だと思っていたものが好意に近いのではないか、とふと思った。
「じゃあ、どこかで会ったのかもしれないですね」
「そ、そうですね」
 会話はそこで途絶えてしまい、電車は三分ばかり走ってわたしたちを同じ駅に降ろす。外は、きれいに磨かれた水族館の水槽のなかのような青色をしていた。
きれいとわたしがひとりごとをいうと、そうですねと彼が言った。なんだかそれが、嬉しかった。
改札を抜け、また同じ電車になったら、と謎の言葉を吐き、彼は眉間に皺を寄せた笑顔をし、手をあげて去って行った。はい、と返しながらそこに立ち止まり、彼が駅前のスーパーに停めた自転車に跨って去っていくのを見ていた。自分の中の気持ちがパンの生地みたいにいろんな風にこね上げられ、変容していくのを感じていた。空はもうすっかり紺色に変わっていた。

作品名:即興小説掌編集 作家名:霜月みつか