ジゴロウ
「あなたって、何度も小夜子って女にふられてるのね。それも一瞬にして、こっぴどく」彼女は僕を指さした。「一度や二度じゃないんだから、もう少しふられたあとのことも学習した方がいいわよ、余計なことかもしれないけど」
その言葉に僕は少なからずかちんときた。「余計だね。余計以外のなにものでもない」
「あそ。でも連打戦なんでしょ。だったら少しは打たれ強くならないと」
「打たれ強くだって?」ふんっ、と僕はそっぽを向いた。「打たれる前になんとかしなきゃいけないんだ」
「なんとかって?」
「手を打つのさ」
「ぱちん」彼女は手を打った。
僕は彼女を見た。彼女も僕を見た。
「そんなこと、できれば苦労しないわよ」
「苦労しない」僕は同意した。
「なにか秘策があるなら最初から試してるし」
「とっくに試してる」
「試したの?」
「まあ、細かいことはいくつかね」
「でも効果なしってわけ」
僕はちょっと考えた。「試さない方が良かった:::ことがないわけじゃない」
「好きなものプレゼントしたり甘い言葉かけたり?」
僕は黙ってテーブルの端を見つめた。
「?小夜子の哀しいときはいつでも側にいるから?、?いつでも僕は味方だから?、なんて言っちゃって?」
「見てきたようなこと言うね」
僕は苦笑いした。彼女の言ったことがほとんど当たっていたからだ。僕は本当に何度かそういう内容のことを小夜子に言った。それが現時点で僕が小夜子に渡せる愛情の精一杯だと感じていたから。ところがそういうときの小夜子の返事は、ひどくシンプルなものだった。?そんなじーさんみたいな安心感は必要ないの、今のところはね?。
「呆れた」彼女は降参というように片手を上げた。「?甘い言葉?じゃなくて、あなたの場合はただの?甘ったれの言葉?。相手を思い遣るように見せかけて、実は自分の気持ちを押しつけてるだけなんだわ。小夜子はどう思ったかわかる?あなたにそんな子供っぽいこと言われて」
僕は首をひねる代わりに口を尖らせた。
彼女は胸の前で手を握り合わせると体をくねくねとひねって声色を作った。小夜子の真似をしているらしい。「相も変わらず面倒くさい人ねー。でもまあ、なんかのときには役に立つこともあるのかしら」
彼女は「ら」の口のまま、横目で僕を見た。そしてすぐに呆れ顔に戻ると、眼鏡を直し何事かをつぶやいて鼻にしわを寄せた。
それを見ていて、やはり僕は頭にきた。なぜ彼女にそんな非難めいたことを言われなければいけないのか、全くわからなかった。僕は小夜子に恋してるのであって彼女に恋してるわけじゃない。これは僕の恋なのだ。だいたい僕のことをひどく苛ついているように感じるのはどういう訳だ?
僕は反撃を開始することにした。
「じゃあきみにもききたいんだけどさ。ステディって言うからには、指輪とか誓約書とか、そういう確約がJKとの間にあるの」
「そんなのないわよ」
「やっぱりね」
「なにが?やっぱり?よ」
「いやべつに。それじゃ『ステディ』の裏付けができないなぁってね」
僕はわざと芝居めかして肩をすくめてみせた。彼女はふんと鼻をならした。
「それはこれからのことよ。でも私はそんなものは必要ないって言ってるの。だって本物の愛に目に見える約束事なんていらないんだもの、そうでしょう?」彼女は自信満々だった。
僕は彼女から目を逸らすと、ひとり小さく頷いた。彼女は恐らく、JKの、ごく日常的で一般的で誰にでも与える愛情を、自分だけに向けられていると勘違いしているのに違いない。どうも思い込みの強いタイプみたいだ。
「JKみたいな女たらしが、きみみたいな子に手は出さないよ」僕は落ち着き払って言った。
「どうして」彼女は意表をつかれたような顔をした。
「だってさ、本気にさせちゃまずそうなんだよね、きみみたいな人は。タイプ的に」
僕は彼女をもう一度眺めた。童顔でこじんまりとした顔立ち。ときどき鼻に寄せるしわや落ち着きのない目の動きは、彼女を微妙に神経質に見せる。
「あなたの言ってることはよくわかんないけど、でも私はJKのステディなの。そうなんだから仕方ないじゃない」
「そうなんだ」
「そうよ」
「なるほど」
「当たり前じゃない」
僕は黙ってあっちを向いた。
「疑ってるの」彼女は落ち着きのない目で言った。
僕は今度は小さく肩をすくめた。「きみがそう思ってるんならいいんじゃない、よくわかんないけど」
彼女は僕の顔をじっと見た。
「いいわ。話してあげる」
「なにを?」
「なれそめ」
「いいよ、もう」
僕はエスプレッソを飲み干すと立ち上がった。
「帰るの」彼女は幾分ぶっきらぼうに言った。
「坊やは帰ってふて寝するんだ」
「坊やって言ったの、怒ってるわけ」彼女は眼鏡の中の目を細めて僕を見た。「でも謝らないわよ。だって本当にそうなんだもの。小夜子とのやり取り見ててもまるで子供。嫌がってるのに捕まえたり誕生日だってわめいたり。あのね、わかってないと思うから教えてあげるけど、腰や肩を抱くのにだって抱き方というのがちゃんとあるのよ。それひとつで女は気を許したり気持ち良くなったりするものなのに。所詮JKの敵じゃないのよね」
小夜子は僕をじーさんみたいと言い、彼女は僕を子供だと言う。僕は頭をくしゃくしゃと掻いた。女ってなんでこう自分勝手なんだ。
「ねえ。座んなさいよ。あなたにだって関係のない話じゃないんだから」
「なにが」
「だからなれそめ」
「僕に?なんでまた」
「だって小夜子はJKのガールフレンドじゃない」彼女は当然の決まり事のように言った。
「僕のガールフレンドでもある」僕は力んで言い返した。
「そう?」
僕は椅子に座り、先を促した。「それで?」
「私達の出会いは運命的だったわ」彼女はうっとりと星を見上げた。「コンタクトを落として這いつくばってる私をJKが抱き起こしてくれたの。あのバーの前で」
「そりゃ偶然だ」
「単なる偶然じゃないわ」
「僕だって、這いつくばってる女の子がいたら抱き起こすくらいするぜ。いや、その子の為にコンタクトを探してあげるよ、一緒に這いつくばってね」
すると彼女はぴしゃりと言った。
「みっともない!一緒にはいつくばるですって?JKはそんなこと、しない」
彼女は顔をしかめて僕を見た。まるで低俗な過失を犯した人間を見るような顔だった。そして首をふると咳払いを一つした。
「ただの偶然なんかじゃないの。だって目が違ったわ。レイバンの奥のせつない目。しっかりと手を握って私のスカートのホコリを払いそして立ち上がらせると手の甲にキス」
彼女は星に向かって手の甲を差し伸ばした。
「奴のやりそうなことだ」僕は同じ星に向かって悪態をついた。「自分を演出できるシチュエーションが大好きなのさ。相手はその辺にいるどんな女の子だって構わない」ちらと彼女を見る。「いかに自分が格好良くつくせるかってことをいつも考えてるんだよ。女達はスイッチを押されたみたいにめろめろになる。つくされるとお姫さま気分になれるからね。あいつはつくす男がモテルってことをよく知ってるんだよ、イタリア人みたいに」
「だってキスしたわ」