高柳敬紀の奇妙な日常
その後は何事もなく一日の授業を終えた。隣の皐月はそうそうに帰り支度を整えると、教室を出ていく。挨拶をしないのはまた会うことを予期してのことか……。
「タカちゃん……」
ふてくされた顔でマツリが側に来た。
「何だよ。早く逃げた方がいいんじゃねーの?」
「タカちゃんもあたしがいなくなった方がいいの?」
いつになく神妙な面持ちのマツリに、俺はいつものように軽口で返すことが出来なかった。それは朝からずっと考えていたことで、俺自身結論がでていなかったからだ。
たった二週間しか一緒にいた時間はないが、それが日常とも言えるほどまでに俺の中でなじんでいた。それが決断を鈍らせている原因だ。このままマツリと一緒でも悪くはない……認めたくはないのだが。
「まー、時と場合によるな」
「! あたし、いてもいいの?」
俺の回答がそんなに意外だったのか、マツリは宙に浮いてくるりと一回転した。
「タカちゃん、だぁい好き!!」
「でかい声で言うなぁっ」
その時、教室がざわめいた。前の扉が開いて、皐月が現れた。どうやら、日本刀を持つと表情が一変するらしい……とても怖い顔で、でもすごいきれいな顔だ。
「参ります!」
「ヘンだ。タダで斬られてやるもんですか!!」
マツリはすぅっと俺の側から離れて、窓の外から二階へ上がる。皐月はちぃっと軽く舌打ちしてから、さっと俺の脇を駆けてベランダへ出た。軽々とベランダの柵の上に立ち、膝を使って上手にジャンプする。片手が上の階の柵をつかむと日本刀を持ったまま、簡単に自分の身体を階上にあげた。
「……マジかよ」
一体どんな訓練をすれば、あんな動きが出来ると言うんだ。マツリも大層びっくりしたようで「あんた人間なの?!」という金切り声が聞こえてくる。
皐月の動きは無駄が極力少ない。流れるような一連の動作にいつも見入ってしまう。そのせいで他の連中は逃げ遅れたりしているのだが。
とにかく『異生』――マツリとそれを斬る者――皐月の壮絶な追い駆けっこは、こうして幕を開けたのだ。
作品名:高柳敬紀の奇妙な日常 作家名:aqua*