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30年目のラブレター

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「久しぶり。秀君。元気だった?」
「久しぶり。俺は元気だよ。初重も元気にしとった?」
「元気やき。ずぅーと連絡寄こさんかった男に心配されとうないわ」
「お前に会いたかったき」
「私もう結婚しとるとね。なによ。今さら」
 私はしばらく黙ってしまった。初重が言った。
「でもうちも昨日の晩からワクワクしてなあ。なんでやろ。ずーっと憎んでた男やのに、会えると分かったらなんかワクワクしてくんよ。不思議やきねー」
「俺は一度もおまんの事忘れたことなぞなかったぞね。」
「うちもや」
「今晩だけ、昔の二人の仲でいてくれないか?すまんと思うちょる」
「なんや。ずーっと女を待たせとって、30年放ったらかしにし、昔に戻るやと。なんでそんな自分勝手なことが言えるん。女を馬鹿にしちゅうがかー」
 私はまた黙ってしまった。
「おまんにこんなこと言っても仕方ないが、俺いま失業しちょるん」
「ITの会社辞めたんか?」
「そうや。自分を見つめ直そうと思うちょる」
「秀くんよく調理師になるタケを馬鹿にしとったやね。古い人間やとか。東京へ出てく勇気なかがぜよ、とか。うち、東京がそんな良いとこかって思っちょたんよ。でも目を輝かせて秀くん東京行くゆうやんか。うちもう何も言えんかった。ただ待っとった。」
「一年待った」
「二年待った」
「五年待った」
「その時うち、タケに声かけられたんよ。俺んとここんがかーって。私もう待ちくたびれとった。私タケと結婚したんよ。」
 私は黙った。初重が言った。
「びっくりせんがかー?」
「昨日おふくろから聞いとったよ」
「うちあんたのこと待っとって別れるにしてもあんたに伝えたいことがあって手紙書いてたんよ。二十歳の頃に書いた手紙やき、本格的に、別れたら渡そうとずーと思っちょった。読んでくれるん?」
「うん」
 私は初重から手紙を受け取った。

秀君へ

この手紙を受け取ったという事はあなたはもう私と別れているということですね。私はあなたを待っている間、板前のタケからずーっと言い寄られてました。でもあなたを待ってその間私もタケをまたせてました。あなたは日本料理やるって言ったタケを、馬鹿にして東京行くんだもんね。アイティー、アイティーって、私はパソコンのこと何もわからないから、ただ何も知らないまま応援するしかなかった。
 でも私はあなたと別れる決意をしました。

あなたと出逢って、勇気をもらって、強くなって、今あなたと別れ、落ち込んで、また弱くなって。でも初めてあなたと遭った時より、ほんの少しだけ強くなれたら。私はそう思うようにしています。
 
だってそう思うようにしとらんと生きていけんき。

さようなら秀くん。私は新たな人生を歩みます

私はその手紙を読み終えた。
「すまんき。本当すまんき」
 私はそう言った。
「二十歳の頃書いた手紙なんよ。あんた女心踏みにじったんよ」
「すまんき」
 私たちはまた沈黙した。
「俺は東京行ってもなんにもなれんかった。タケにも悪いと思うちょる。生きてく自信もなくしちょる。おまんらに有名になるって言って、でかい口叩いて、東京出て、全然偉くなれんかった。それよか凡人にすらなれへんかった」
「秀くん。凡人になるって大変なことなんよ。生きてくって大変なことなんよ。みんな凡人になる為一生懸命なんよ」
「そうやき。またおまんらから教わった。おおきに」
「いいえ。うちの方からもおおきに。会いに来てくれて」
「本当おおきに。じゃあもう別れようか。引き際くらい分かっちょる」
「そやな。秀ちゃんも元気でな。命粗末にしたら許さんき」
「じゃあ」
「じゃあ」
作品名:30年目のラブレター 作家名:松橋健一