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30年目のラブレター

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「仕事ならいくらでもあるわよ。選ばなきゃ。食べていければいいんだから。来年から私も稼げそうだし」
 妻がそう言ってくれた。
「しばらく失業保険がおりる。3ヶ月くらいゆっくりしたいんだ。ゆっくりして自分を見つめたい。高知の田舎にも帰ろうと思う。一人で。悪い。いま一人でゆっくりしたいと思うんだ。本当に悪いと思うが…」
「いいわよ。秀ちゃんの好きなようにして」
 その晩私は新宿をぶらぶら歩き、ビールを飲み、ハイボールを飲み、日本酒を飲んだ。

 とぼとぼ新宿の街を歩いていると、一人の占い師がこっちを見ている。横にいるのは猫。しかも黒猫だ。占い師の彼はどうやら芸能界のドランク○ラゴンの塚○に似ている。
「お客さん」そう言ってにっこり手招きをしている。ためらいながら近づいていくと、
「たいそうお困りのようですね。この猫が教えてくれましたよ」
「猫が?」
「そう。私は黒猫の力を借りて占いをやっています。よくあるでしょ。動物的勘とか。例えば肉親が命の危機にあるとき、嫌な予感がするとか」
 私は眠剤を飲んだ時の妻を思い出した。
「あるんですよ。ああいう動物的勘て。私はそんな不思議な力を引き出すパワーを持っています。この黒猫から」
「はあ」
「それとさっきから気になっているのですが、あなたたいそうお困りのようですね。仕事も最近やめているようだし」
“まあこんな平日の夕方からこんなカッコで新宿で飲んでりゃ、それくらいの予想はつくわな”
 私はそう思いながらも黙っていた。
「よかったら占っていきません?千円でいいですよ」
「千円。分かった。猫の手も借りたい気分なんだ。どうにでもなれってね」
「しかし私は占い師ではありますが、手品師でもなければ、超能力者でもありません。だからあなたから少し情報を提供してもらいます」
「情報?」
「そうです。あなたが最近気にかけていること。それをいくつでもいい。全部あげてってもらいたいのです。私はそれらを聞いてあなたが一番今問題解決しなければいけない、本当にネックになっている問題をズバリ当てます。その問題に向き合えばあなたの道は開けます」
「気にかけていること?」
「そうです。さあ」
「まあ。ひとつは失業」
「うん」
「妻」
「うん」
「子供」
「うん」
「おふくろ」
「うん」
「タケという友達」
「うん?」
「初重という初恋の彼女」
 その時ずっと退屈そうにしていた黒猫が鈴の音を大きくならせながら私の方を急に向いた。
 
じーっとこっちを見ている。

「もう、私が言うまでもありませんね。あなたのネックになっている問題それは初恋の人の事です。あなたは長い間その事を未解決のまま放っておいているのではのでしょうか?」

 お金を渡し、新宿の駅に向かい、とぼとぼ歩いていた。初重―――そう初めての彼女だ。
ITで成功し、彼女を迎えると言って上京した。それから俺は彼女を迎える事ができず、音沙汰もないまま結婚した。
私はその晩30年目のラヴレターを初重に書いた。


初重。久しぶり。お前を迎えると言って上京し、音沙汰もないまま結婚した。一時はバブルの景気もあって成功し、羽振り良い暮らしもしたが、お前に何もせず、それが今となっては会社もうまくいかず、失業し、そして失業中高知の田舎に帰ろうと思っている。本当勝手だと思うが逢ってくれ。最後の俺の我が儘だ。不器用なやり方しかできないが、お前に謝りたいんだ。そうしてけじめをつけたい。お前が今どうしているかも知りたい。9月23日の日曜日大丸の前のアイスクリーム屋の前で待ってる。お前は俺の最初の人だから。どうか俺の我が儘を聞いてくれ。

 手紙を初重の実家に送り、手紙がつくかつかないかもわからないまま飛行機に乗った。
高知空港に着き、市内の実家に帰った。

「秀。久しぶりやき。どうしとったがかー。本当心配したとね」
おふくろが言った。
「東京はいろいろあるんよ。しばらくいとっていいがかー?」
「ええけど。みんなに挨拶しときよ。お前ちっとも連絡寄こさんと、みんなも文句言っとったとね」
「すまん。すまん。それ以上聞きとうない。もうこりごりや」

9月の23日の日曜日私は、大丸の前で初重を待った。
 
10分待った。

20分待った。

30分待ち約束の5分前に彼女が現れた。30年来なのに不思議とすぐ分かった。
作品名:30年目のラブレター 作家名:松橋健一