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30年目のラブレター

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30年目のラヴレター


「デパスだけでは、眠れないというのでしょうか?」
「はい」
「この薬は有効だと思ってたんですがね」
「はい。ですから、もっと強い眠剤に変えてもらいたいのですが」
「でもデパスは睡眠誘導剤の役割以外にほかにも精神を安定させたり、抑うつの効果もありますので、すぐには外せません。分かりました。強めの眠剤を追加しておきます。レンドルミン14日分処方します。かなり強めの薬ですので、容量を決して誤らないでください」
「分かりました。ありがとうございます」

「川端秀夫さん。はい14日分です」


 私は病院をあとにして、妻と子のいる家に戻った。私は48になるが、妻は、ひと回りしたの、36歳だ。子供は来年小学校に上がる。
 30年前高知から上京してきてIT関連の会社に就職した。まだITが日本に定着してなかった頃、私は高校時代、
「これからは、アイティーの時代だ」と目を輝かせて上京した。当時使っていたプログラミング言語はVASIC。今じゃC++やC+++やJAVAやらを誰もが使いこなせる時代だ。年のせいか若い人の様に頭が回らない。新しいことを覚える力もどんどん衰えている。いつ会社からきられてもおかしくはないほど、若い社員からどんどん追い抜かれている。

 会社がしんどい。
 仕事がしんどい。

 自分はいいけど、家庭だけでも何とかして生きていけるようにしなければ。家のローンもあと7年。

 “2千万ほどあれば妻のパートで生きていけるだろう”

 私の頭の中にあったのは生命保険だ。
 
死ねば楽になる

妻にもお金が残せる。俺はもう稼げないんだ。会社からも必要とされてないとひしひしと感じる。

――俺は必要とされていない――

 その晩私は食事を終え妻が寝たあと、一人でむっくり起きて、医師からもらった薬の袋からレンドルミン14日分取り出した。

 プチプチ薬を一錠づつ取り出し、左手の手のひらにまた一つづつ乗せていった。

 薬を手に取ると、勲章のような重みだった。

“これで楽になる。家庭を守る為だ”
死ぬ直前になっておふくろの顔が浮かんだ。
“親不孝な子供だな。田舎にも帰らずこの始末か”
友達のタケを思い浮かべた。
“あいつ調理師になっただろうな。高知で今頃店でも構えているかな”
初重のことを思い出した。高校の時付き合ってた彼女だ。私が彼女に、アイティー、アイティーと言って、「上京して有名になってやる」よく言ったものだ。田舎で調理師になるタケを馬鹿にして上京して、俺は本当にかっこ悪い人間だな。心からそう思った。
 
 そして私は決心をし、薬を頬張り、水をグイグイと飲んだ。
「あなた何してるの?」妻の宏美が血相を変えて走ってきた。私の体を持ち上げて、必死で吐かせようとした。
「パパ。パパ」
 人志は私を見て泣いている。多分状況もしっかり把握しているか定かではない。
妻が「人志。ポカリスエット持ってきて。」
 私は子供の持ってきたポカリスエットを飲み、トイレに行って薬を吐き、そのまま妻が呼んだ救急車に搬送された。
 眠剤を飲まされないまま、総合病院の心療内科の病棟に一週間強制入院させられた。

 その一週間後私は会社に辞表を出した。
作品名:30年目のラブレター 作家名:松橋健一