【創作】「背中合わせで抱きしめて」
「アレン、進路のやつ書いた?」
学校の図書室で、アレンは読んでいた本から顔を上げる。目の前に座った級友に頷いて、
「うん、もう出したよ」
「うっそ、早いな。どこ受けんの?」
アレンが口にした進学校の名に、相手は口笛を吹いた。周囲にいた二・三人の生徒が、棘のある視線を投げてくる。級友は、お構いなしに身を乗り出して、
「じゃあ、本気で魔道士目指すのか。すげーな。やっぱ、頭の出来が違うわ」
「そんなことないよ。まだギリギリだし」
「俺なんか、遙かに届かないっつーの。ウィズは? やっぱ同じとこか」
アレンが頷くと、相手は感嘆したように溜息をついた。
「双子だもんなー。頭の出来も同じくらいか・・・・・・。でも、あいつの怠け癖は、どうにかしたほうがいいんじゃないか?」
「怠けてる訳じゃ・・・・・・ウィズはマイペースだから」
「アレンが全部先回りするからじゃねーの? いっぺん痛い目見せたほうがいいんだよ、ああいう奴は」
「そんなこと」
「いくら双子だからって、ウィズは甘えすぎなんだよ。アレンも、ちょっと考えた方がいいって」
アレンは反論しようとするが、上手い言葉が見つからない。ウィズはいつも、アレンが言うまで動かなかった。面倒なことは全部、アレンが引き受けている・・・・・・。
「アレン、お待たせ」
その時、ウィズがふらりと現れる。級友は慌てて立ち上がると、二人に手を振って図書室を出ていった。
ウィズは、級友の背中を見送った後、アレンに視線を戻す。何故か気まずくなって、アレンは目を伏せた。
「帰ろう?」
「あ、うん」
アレンは立ち上がり、本を書棚に戻す。鞄を手に取り、ウィズと並んで図書室を後にした。
夜、パジャマに着替えた後、アレンはボードゲームに興じているウィズに目をやる。
「ウィズ、明日の支度は?」
「もう済んだ」
「忘れ物はない? ちゃんとチェックした?」
「したから大丈夫」
アレンは鞄に手を伸ばしかけて、躊躇いがちに引っ込めた。
『アレンが全部先回りするからじゃねーの?』
級友の言葉が、脳裏を掠める。
「・・・・・・俺は見ないからな?」
「ん」
「本当の本当に大丈夫か? もう一度確認してみたら?」
「大丈夫だよ」
「お、俺は点検しないから。忘れ物があったら、ウィズの責任だぞ」
「分かってる」
アレンは、落ち着かなげにベッドに腰を下ろした。こんなことは初めてなのに、何故ウィズは何も言わないのだろう。
アレンは振り向いて、ウィズの背中に声を掛ける。
「・・・・・・進路の紙、早く出しておきなよ?」
「もう出したよ」
その答えに、アレンは驚いて目を見張った。いつも、提出期限ギリギリまで放置しているのに。
「えっ、早いな。どういう風の吹き回し?」
「別に。引き延ばすもんでもないし」
「そう・・・・・・そうだな。模試の日程もあるし、早めに出した方が」
「進学はしない。家を出るから」
「はあ!?」
アレンは驚いて声を上げ、ウィズの肩を掴む。ウィズは、面倒くさそうな顔で振り向いた。
「家出るって、何で! 魔道士になるんじゃっ」
「ならないよ。興味ないし」
ウィズの言葉に、アレンは呆然とする。今の今まで、ウィズも自分と同じ進路だと信じて疑わなかった。
ウィズは静かに、「やりたいことがあるんだ」と言う。
「や、やりたいことって、何・・・・・・」
「まだ内緒。出来なかったら格好悪いし。どちらにしろ、アレンは魔道士目指すんだから、俺のことはどうでもいいだろ」
突き放すような物言いに、アレンはカッと頭が熱くなった。
「な、何だよそれ! 俺聞いてないぞ!?」
「言ってないから」
「大体、そんなの、父さんと母さんには言ったのかよ!?」
「まだ。別に言う必要もないだろ。賛成してもらう必要もないし」
「絶対反対されるからな!!」
「そうだろうね。でも、関係ない」
淡々と答えるウィズに、アレンはめまいを覚える。どうして、そんな勝手なことを言うのだろう。自分に何の相談もなく、一人で家を出て行くなんて。今までずっと、ウィズの面倒を見てきたのは自分なのに。
「お、俺も反対だから!!」
アレンが叫ぶように言うと、ウィズは冷ややかな目で、
「俺は、アレンの子供じゃない」
ウィズの言葉に、アレンは全身の血が逆流するような気がした。
なんて酷い裏切りなのか。双子の兄に相談もなく、勝手に出て行くことを決めてしまうなんて。
ウィズが、自分から離れてしまうなんて。
「だったら好きにすれば!?」
怒りに任せて叫ぶと、アレンはベッドに勢いよく潜り込む。
「おやすみ、アレン」
ウィズの声を無視して、布団を頭まで引っ張り上げた。ウィズが謝ってくるまで、絶対に口を利くものか。
「ごちそうさま」
朝食を終えたアレンは、ウィズを置いてさっさと食卓を離れる。
「アレン? まだウィズが」
母親の呼び掛けにも答えず、アレンは足音高く階段を上っていった。
トーストをかじっていたウィズは、母親の視線に頷いて、
「喧嘩した」
「またなの? 駄目でしょ、アレンのこと困らせちゃ」
ウィズは無言で、牛乳の入ったコップに手を伸ばす。
両親にとって、アレンは「しっかり者の兄」であり、自分は「手の掛かる弟」なのだ。
父親も読んでいた新聞を置くと、「ちゃんと謝りなさい」と追い打ちを掛ける。
「夕方までには仲直りしておくこと。いいね?」
「はーい」
ウィズが呑気に答えると、父親は仕方のない奴だと言わんばかりに溜息をついた。
バタバタと階段を下りる足音が響き、玄関からアレンの「行ってきます」の声が響く。両親の視線を意に介さず、ウィズは残りの目玉焼きを平らげた。
誰も理由を問わない。いつだって、「ウィズがアレンを困らせている」のだから。
作品名:【創作】「背中合わせで抱きしめて」 作家名:シャオ