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しっぽ物語 12.野の白鳥

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「まあ、なんにせよ珍しい話じゃない。アダムも自分の肋骨から生まれた女と交合した」


「何の話だ」
 Lはもう一度、頭の悪い口調で繰り返した。
「そのまんまだろ」
 まだ青ざめているものの、Fはこの中で誰よりも冷静な表情を浮かべていた。
「俺とあいつは兄弟じゃないってことさ」
「間違いなく兄弟だ」
 噛み付くようにGが身を乗り出す。
「何を今更」
「とにかく、たった一人の息子を助けたいなら」
 電話を握り締めたDが、視線に気付き慌ててボタンを押す。
「何番だって」
「908?×××?××××」
「お前ら、知り合いなのか」
 Cが、毅然とした態度で口を開いた。
「やけに親しそうだな」
「知り合いって程じゃないよ」
 Oが首を振ったことで、Dの表情は格段に緩んだ。
「とてもそうは思えない」
「あんた、なんでそんな俺に辛く当たるんだ」
 食い下がられたところでもう怖いものはないと言いたげに、幾分芝居がかった語調で畳み返す。
「自分の地位を狙われるとでも思ってるのか?」
「まさか」
 聞き分けのない子供を宥めるときに用いる身振りで、DがCの眼前に手を突き出した。集中する意識を妨げ続けるGの溜息ばかりが、辛気臭く部屋で存在感を表明している。
 

 一度つければ二度と離せないと分かってはいたが、結局女は不自然に腕を捻じ曲げられているFの顔を見つめたいという衝動に従った。あってはならない退屈に頭を押さえつけられるよりは、よほど自然なことだと思ったのだ。


 乾燥した空気の中でも、Fの眼は決して干からびることなく、強烈な潤みを保っている。あの時も、彼は泣いた後の僻みを連想させる瞳でそっぽを向いていた。幾分黄ばんだシーツに投げ出された掌と、左胸に刻まれたトライバルのタトゥーが何を象っていたか、狼のような、犬のような、とりあえず動物であったことは確かだった。記憶は浮かびあがるあぶくのように次々と姿を現す。はじけるたびに、あの時のことをしっかりと補強していく。あの時、逞しい彼の胴にまたがって、女は確かに思っていたのだ。どうしてこんなに拗ねているのかしら。


 今、男はこの場にいる誰とも目を合わそうとせず、遠くを見るような視線を壁に掛かった下手くそな油彩画の花へ丸投げしていた。その立場にも関わらず、弛緩した表情からは恐怖など一切感じとれない。黄色い照明から受け取った光を目に溜めたまま、一度口を窄め、そして瞼を閉じる。再び、いかにも面倒だと言わんばかりゆるゆると持ち上げられた睫に、涙の粒が引っかかっていた。女が見ている間だけでも、彼は背後で苛立つ暴漢に見られぬよう、三度は同じ動作を繰り返した。三度目など、耐え切れなかった唇が綻び、子供のような吐息さえ漏らしてみせる。


 本来緊迫していなければならない空間は、取り返しのつかないほど拡散し、だらけつつあった。
「まだなのか」
 ソファへ深々と身を沈めたLが、疲弊した声で尋ねた。
「こんな時間帯だ。留守かもしれん」
「でしょうね」
 受話器から耳を外したDを皮切りに、部屋中の意識は再び銃を持つ男に向けられる。
「幾らでも掛けてやるから、携帯電話の番号、教えろよ」
 こずるい視線を浴びることで、Oは一瞬にして動揺を開きかけた口元から消し去った。
「かかるまで篭城だ」
「なあ、いい加減終わりにしないか」
 Rが首を伸ばし、Oへこの上なく優しげな視線を送る。
「そろそろ潮時だぞ」
 Oは黙って、右手の銃を握りなおした。構わず今度は身体ごと前へのめらせ、そろそろとテーブルの上のレコーダーを引きよせる。
「記事は書かせてもらうよ」
「何を言ってるんだ」
 Gがあまりにも勢いよく振り返ったので、隣に佇むCが大きく身を揺らした。
「これはプライベートの話だぞ」
「どうせ最後は表沙汰になる」
 Rが悪びれた様子もなく首を竦めたのに答えるよう、Oも頷いた。
「逮捕くらい幾らでもされてやるよ」
「下手な記者に書かせるよりも、よっぽど同情的な話を仕立て上げてやるぜ」
「それでも」
「同情的?」
 Oが自嘲を漏らした。
「そうなると、今度は俺が取調室であんたの欺瞞を暴くことになるのか」
「ジャーナリストに誇張はつき物だからな」
「心配すんなよ」
 Dも携帯電話をポケットに落とし込み、腰に手を当てた。
「こいつの文章力は悪くない。この前マケインの記事読んだけど、上手いこと褒めてあったじゃないか」
「どうも」
「共和党支持者は嫌いだけどな」
「許可は出さない」
 Gは固い表情で告げた。
「とんでもない」
「どうしてここで腰を折るんだ」
 Rも思わず立ち上がる。
「せっかく話がまとまりかけてるのに」
「あんたにとっては人事だろうが」
 硬直する身体を無理に向き直らせ、Gは同じ高さにあるRの顔を鋭く睨みつけた。
「こっちは家族なんだからな」
「家族なら、今までどうしてほったらかしにした」
 Oが声高に怒鳴りつけ、Fの腕を限界までねじ上げた。
「おまえら、どれだけ面の皮が厚いんだ」
「違う、いつかはちゃんと説明しようと」
「誰に? こいつにか?」
 振り回しながら向けられた銃口が向けられた先で、Lが息を呑んだ。Gが支離滅裂な叫び声を発し、追いかけるように今まで縮こまっていた女の護衛たちが喚いた。こちらも内容は混ざり合い弾きあい、あるものは野次馬の声でけしかけ、あるものは被害者の声で制止する。Oは全てを無視していた。静かだが明白な怒りを発散させ、黒光りする銃の先端にまで尖った神経を行き渡らせる。作り変えられたことで発露の役目が鈍った目元でも分かるような感情の奔流を、精一杯抑えた声に乗せて言った。


「あんたが忘れてる間も、お袋はずっとあんたのことを愛してた」
 Lの青い瞳は、ほんの数十センチ前にある黒い金属の塊ではなく、更に黒光りする眇められたOのまなこへと向けられていた。
「俺が外で白い目を向けられるたびに言ってたよ。いつかは父さんが迎えに来てくれるって。誰よりも金持ちで、誰よりもハンサムなんだって」
「O、落ち着け」
「うるさい」
 Rの呼びかけを無視し、Oは引金に掛けた人差し指を痙攣のように一度動かした。
「俺はそんなこと信じちゃいなかったけど。愛してるだって? とんでもない。あんたは俺たちのことなんか忘れてる。それでもいい。そのほうがいいんだ。だって、そうでなきゃ」



 その場の全てを制圧していた言葉は、干された空気を踏み荒らすようにして近付いてきた靴音で途切れる。首を逸らしたOにFが見事な頭突きを食らわせ支配を逃れたのは、ほんの僅かな瞬間の出来事だった。


 恰幅の良いRが飛び掛るようにして体当たりすると、まだ体勢を整いきれていないOの身体はあっけなく後方に吹き飛ばされた。汗ばんだ右手から拳銃が飛び出し、リノリウムの上を滑る。
「そこのあんた、それを拾ってくれ!」
 遅れて飛んできたGと共にOを床に押さえつけながら、Rは部屋の前で立ち尽くす青年に叫んだ。彼が押していた車椅子の中で、撥ね放題の栗色の髪を持つ女性が、ぼんやりと宙を見ている。車輪のゴムチューブにぶつかり、拳銃はようやく動きを止めた。