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深く眠りし存在の

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 恵津子は午前中に買い物を済ませるために、千尋をベビーカーに乗せて団地内の歩道を歩いているところで、声を掛けられた。
「昨日はまんまと置いてけぼりされたけど、後付けたんや、ヘヘッ。明理ィ、独身やゆうてたけどォ・・・ベビーシッターでもしてるんか?」
「あのう、どなたですか? あかり、って?」
 恵津子は子どもを守るようにしながら、訝しげに少し引いた。
「どなたですか、ってひどい言われ方やな。どないしたんや。それに野暮ったいなりして、疲れ切ってるって感じやぞ」
 恵津子は、上から下までを不躾に見てくる怪体(けったい)な男から早く逃れたい。
「なんの用事ですのん」
「ゆっくり話がしたかったんや、せっかく久し振りに出おうたんやから。ファミレスにでも、行かへんか」
「すみません、そこのいてください。今、出かけるとこなんです。それに私、あなたのことぜんぜん知りませんし」
「コンビニで一緒にバイトしてたやろうが」
「コンビニでバイトしてたことはあります。けど、あなたを見かけたことはありません」
「明理、ええ加減にしとけよ」
「私、あかり、ゆう名前とちゃいます」
 比呂は恵津子の腕をとった。
「まぁせっかくやから、そこにあるファミレス、行こうや。そこでじっくり話そ」
 驚いて腕を振りほどこうとするが、強く掴まれた腕をどうすることも出来ず、引きずられた格好となってしまった。比呂はベビーカーにも手を掛けて、押して行こうとしている。
「やめて!」
 比呂は昨日のこともあって、少し意地になっていた。

 突然腕を振りほどいた “恵津子” は比呂の胸を強く推すと同時に、拳を彼の頬に打ち込んだ。
「テメェ」
と低い声で唸り睨みつける “恵津子” は、まるで人が変わったようであり、目を細めて、さらに拳を出そうと身構えている。
 頬に手を当て、痛くはあるがまさかの “明理” の行動に、ポカーンと口を開いたまま突っ立っていた比呂は我に返ると、「チェッ」と唾を吐き捨て、首を捻りながら立ち去った。
“恵津子” もそのまま、団地の敷地から出て行った。
 千尋を乗せたベビーカーを、その場に残して。
作品名:深く眠りし存在の 作家名:健忘真実