深く眠りし存在の
白いチュニックに薄緑色のカーディガンを引っ掛けた黒いパンタロン姿の明理(あかり)は、ハンドバッグを肩から背中に回した姿が写るウィンドーを、しばらく見つめていた。
駅に入っているテナントである。
化粧はあまりしないが、二重瞼のぱっちりとした目がチャームポイントであると思っている。髪がやや伸びていることを気にしながら視線を店内に移すと、おしゃれなアクセサリーや種々の帽子がある。大きめの紺色のリボンがついている、つば広の薄いベージュの帽子に目が止まった。子供の頃から、帽子をかぶるのが好きだった。
――そうゆうたら、最近はかぶらんようになってんなぁ、紫外線が強な
ってきてることやし・・・。
店の入り口に向かったところで、肩を叩かれた。人の近づく気配を感じなかったので跳び上がるようにして振り向くと、「よぅ明理、久しぶりぃ」と、ニコニコしている男がいた。
「お茶でも、どうや」
通路の向かいにある喫茶店を指差している。
いい加減歩き疲れていた明理は「いいよ」と言って、ひとり先に喫茶店に入って行った。
比呂は、コンビニでバイトしていた時の仲間である。名札に書かれていた名前は忘れたが、「俺、○○比呂、比呂でいいや」と言っていた。それで、「じゃあたしは、明理」と教えたのである。
明理の勤務は昼前から夕方まで、比呂は夕方から深夜までであった。交替する30分程度を共にいたのだが、ほとんど言葉を交わすこともなく、明理は2年前に辞めてしまっていた。
親しくしていたわけでもなかったが、今はとにかく喉が渇いていたこともあり、その誘いに乗ったのだ。
「ここら辺に住んでたんか、な」
「電車の最寄駅はここ。ちょっと離れてる。で、比呂君は?」
「ちょっと用事で。けど今日はラッキーやなぁ、偶然会えたんやもんなぁ」
「ん、そっ」
「明理はさぁ、バイト、辞めさせられたって聞いたけど」
「ううん、こっちから辞めてやったんや。あの店長、ごちゃごちゃうるさかったよって」
「ようミスしてた、って聞いたぞ。俺が知ってる明理はてきぱき、仕事こなしてたのになぁ。今何してるんや、結婚でも、したんか」
「ど・く・し・ん」
そこに置かれていた女性誌に目を落としながら適当に相づちを打っていた明理はジュースを飲み干すと、「ごっそさん」と言って立ち上がり、そのままひとりドアを出て行った。
「あっ」
勘定書を手にあわててレジに向かった比呂は、千円札を渡すと釣銭を受け取るのももどかしいといった様子で、ウィンドーの外を行く明理の方角を確認した。