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深く眠りし存在の

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 松本は、祠の周辺を歩いた後扉を開けて中に入り、キツネの像を見上げるようにして胡坐をかいて待った。
 頭上に回った太陽から陽が差し込んで、祠の中を薄明るくしている。
 人々が散会してから1時間ほど経った頃、房枝が現れた。
「先生、うち・・・」
 松本は、房枝の顔を凝視しながらうなずき、壁際に寄った。房枝は腕時計を見てからキツネの像と視線を交叉させる位置に立つと、その細く笑っている目を見た。
 その時、人格が交替することに抵抗しなければ、頭痛はほとんど生じないのだと知った。
 キツネが心を支配し始めたのと同時に、房枝の意識は身体を離れた。

 キツネ顔となった女は振り向くと、壁際に座っている松本を見据えた。松本の胸は早鐘を打っている。自らを鼓舞するように勢いをつけて立ち上がると、拳に力を込めて近付いた。
「あなたは神なのか、それとも単なる、キツネか」
 キツネ顔の女はさらに目を細めニタリとし、供えられている榊を手に取ると一振りした。その意外な風圧に押されたのか松本はよろけ、もう一振りした時には壁際まで飛ばされ、壁板に頭を打ち付けた。

 《人間の分際で、出過ぎたことはするな》
 心に沁み入る穏やかな声音である。だがそれは、頭蓋を震わせて聞こえてきたのである。同時に体の力が抜けていくようである。
「私は、房枝君の解離性同一症とゆう心の病を治すのが、仕事だ。あなたは、房枝君の体を占拠している。本来の、あるべき姿に戻さねばならない」
 頭を撫でさすり、よろけながら立ち上がった。
 それには答えずに、キツネ顔の女は宙を見上げた。
 《己は苦しみにある者を救うのを厭うのか・・・持てる力の限り、我
を信じる者を救うのが務め、とは思わぬか・・・こ奴には、邪心がある。二度と、我に近づけるな》

 背中を向けて宙を見据えている女の前に回り込み、指を突き付けた。
「あ、あなたは房枝君と統合しなければならない。でなければ、房枝君自身が苦しみ続けることになる」

 キツネ顔の女は房枝の意識だけに告げると、眼前でなにかをぼやいている松本に向かって、蠅を払うかの如く再度榊を軽く振った。それに煽られたかのように、松本はよろけて尻もちをついた。
 それには一瞥もくれず、正面にあるキツネの像の前の祭壇に片膝立ちで座り、ニタリとしたのである。

 その途端、房枝の意識は穴に落ちていくような感覚で一瞬に引き付けられ、目を開いた時には、房枝自身の身体に戻っていた。あわてて祭壇から降り像に無礼を詫びると、松本に駆け寄り助け起こした。時計を見ると、幽体離脱していたのはほんの一瞬にすぎなかったのを知った。
 
 尻をさすりながら松本は言った。
「信じられないが、神が存在するのだと、思わずにはいられない出来事だね。おそらく人々の強力な信仰心から、オキツネサンとなった君から授けられた御祈祷で、彼らの苦痛を和らげているんだろうな、まさしく、病は気から、だ・・・それにしても、いやぁ、まいったよ」
「先生、ひどい目にあわせてしもうて、申し訳ありません。後は、自分で考えねばならないことやと思います。ほんとに、ありがとうございました」
「そうか、無論治療は続けるんだろうね。私も憑依現象を研究するいい機会だしね。なんとかも一度……」
 房枝は松本の言葉を打ち消した。
「先生、感謝をしておりますが、これ以上は関わらないでいただきたいのです。内にいるもひとりの存在は、不思議な力を持っているのでしょう。再び会えばどのような仕打ちを受けるか・・・先生、本心まだ迷ってますけど、私がしなければならないことがあるのだと、分かりかけてきました。心のあるがまま、心が導くままに従っていこ、思います」

 松本は腕組みをして、何らかの方策を探っていた。学会に発表すれば注目されること間違いなしである。録画も撮っている。
 ビデオカメラの画面を確認するために、同じ操作を、次第に表情をこわばらせ指に力を込めて繰り返していたが、やがて肩を落とした。
 何も映っていなかったのである。
作品名:深く眠りし存在の 作家名:健忘真実