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深く眠りし存在の

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「先生、私は幽体離脱して見てたんですけど、私がオキツネサン、多分祈祷師やと思うんですけど、全く思いもしなかった、今までしたこともなかったことをいきなり始めて、しかも足が痛くて歩けなかった人を治したり、癌だとゆう人の痛みを消したり・・・そんなこと・・・信じてもらえますか」


 翌日、祠の前に集まった人々の中で指名されたのは、胃癌の痛みを薬でも抑えることが出来ず、苦痛にある初老の男性であった。ひと目見て余命いくばくもないと感じるその男の前で、キツネ顔の女は外方(そっぽ)を向いて座っているだけだった。
 だが男性の、「この、痛みだけでも、なんとかして、いただけんでしょうかい、のぅ」とゆう願いに、キツネ顔の女は榊を神水に浸け水気を切った後、残った滴でその男の口を湿らした。
 キツネ顔の女が舞い踊っている間、腹部を押さえて不可解な顔をしていた初老の男は、舞が終わる頃に腹を撫でさすった。
「なんだか、痛みが、引いていくような。なんか少し、軽くなって、ああ〜っ、ありがたいことでぇ、サグジ様ァーッ」
と声を振り絞って喜んだ。

 昨日同様、男性の苦痛を軽減させた後に房枝は気を失ったらしく、家で寝かされているのに気づいた。家人がいないことを確認して家を抜け出し、誰とも出会わないようにと気遣いながら信子の家で千尋を迎えると、そのまま大阪に帰って来たのである。
 そうして数日後に、松下メンタルクリニックを訪れた。


「う〜ん、病は気から、ともいわれますからね。昨今、疾患の7〜8割は精神的なものが起因していると報告されています。特に、痛みなんかはそうでしょうね。強い信仰心を持つ者ほど、そういった祈祷によって治癒することも珍しくないんですよ・・・それから多重人格は、動物である場合もあるそうです。文献によると、物、である場合もあるらしいんですがね。動物の場合、憑依現象、あるいはよく聞くキツネ憑き、などですが、あなたの場合、単なるキツネ憑きでもなさそうだ。ひとつ、呼び出してみましょうか」
「はい」
 房枝は眼を閉じた。
 いつものように松下は房枝の額に手を当て、「出てきなさい」と言いそのまま待ったが、なんの変化も見られない。
 松下は、治療経過を詳しく書き留めたノートをめくった。
「さっちゃんの人格は、5歳の時に現れています。それ以前にキツネが憑いたものと考えられますね。5歳の頃から徐々に記憶を戻してみましょう。何かが分かるかも知れない」
「催眠術、ですか」
 松下はうなずき、「身体の力を抜いて・・・よろしいですか?」と念を押すと催眠術を掛け、質問を繰り返しながら、徐々に過去を遡っていった。

「5歳の頃のあなたです。今、祠の中にいます。何か見えますか?」
「いいえ・・・父が外で待っています。でも時々・・・」
「それ以上言わなくて結構です。正面には、何が見えますか?」
「分かりません。薄暗くて祭壇だけを見つめて他には何も見ずに、お水の入った容器を交換すると、すぐに外に出ました。怖くて」
 松下は少し考えて、さらに過去へと遡った。
「あなたのお祖母さんが亡くなられた時の光景を思い浮かべてください・・・何か見えますか?」
「はい、母が祖母に化粧をしています。母の横に座って、その仕草を眺めています」
「それから?」
「母と、場所を入れ換わりました」
「何のためにでしょうね」
――ふつうは、幼子がそのような場面に立ち会うだろうか?
 疑問に感じて尋ねたのである。
「分かりません」
「その時、あなたは何かをしたのですか?」
「・・・分かりません、全く覚えていません」
 松下は、その時に何かがあったのだと、確信した。そして、房枝の術を解いた。

 催眠術から覚めた房枝は、難しい顔をして黙ったままでいる松下を見た。
「先生、何か分かりましたか?」
「ゥムッ、君のお祖母さんが亡くなって、死化粧を施している時に何かあったように思うんだがねぇ、そこのところが抜けていて、君は思い出すことができない。なぜだろうか」

 うつむいていた房枝は、思い出したかのように言った。
「そうゆうたら、初めての祈祷を終えた後に母が言ってました。『ばあちゃんが死ぬ間際に、後継者として私を指名した』と。それから、『後継者となるための行為を皆が見てた』と。後継者になるための行為、って、なんやろ」
「君の心の中にいるキツネは、かなり手ごわい。神の使い、とゆうのであれば、なおさらだ」

 房枝の顔を見つめながら思考を深めていた松下が、口を開いた。
「これから、あなたはどうするのですか? 村の人たちの期待は大きいのでしょ、黙ってあなたを諦めるはずはないでしょうね。村に戻られるつもりですか」
「このまま、私に変化がないようでしたら、このままでいたい、思います」
「何か困ったことにでもなれば、いつでも言ってください。力になります」


 1週間後、房枝は松下メンタルクリニックに電話を入れた。
「先生、母と近所に住む康裕さんとが、今日うちに来たんです」
『それで、なんと』
「仕方がないので、あした必ず戻るから、と約束して帰ってもらいました。千尋を預けて、ひとりで行ってこよう思うてます。主人はまだ知らないので、父の具合が悪いから、とでもゆうて」
『分かった。では私も一緒に行くよ、私の車で行こう』
「でも先生、病院は」
『臨時休業だ』
 松下は憑依現象に大いに興味をそそられ、この機会を絶対逃してはならない、と思ったのである。
作品名:深く眠りし存在の 作家名:健忘真実