深く眠りし存在の
「あんたはまだ小さかったよってに覚えてへんやろけど、ばあちゃんの死に際にな、後継者である祈祷師に、娘であるお母ちゃんちごうて、孫のあんたを指名したんや。うちは代々、農業神であるお稲荷さんをお祀りしてきとって、この村のもんだけやのうて近隣からも御祈祷を頼まれることが多うてな。その神通力ゆうたら半端やなかったよって。
ばあちゃんには稲荷神のお使いであるオキツネサンが、いつでも憑いてらしたんや。
ばあちゃんが亡くなって、あんたはまだ子ども。そやよって母ちゃんが引き継いだ。けどな、オキツネサンは憑いてくれはれへん。どうやったら憑いてくれはるんか、分からへん。ぜ〜んぶ見よう見まねでやってきた。オキツネサンのお面まで作って、これ被ったら、ちょっとは、らしいなる、思ぅてな。
それでや・・・皆がゆうてたん、聞こえてたやろ。
あんたが居(い)んようなって、却って張り切ってやってみたんやけどなぁ、なかなか結果が出せん。
それでも昔のように皆、よう手つどうてくれてやから、田畑も牛の世話も皆が交替でやってくれて、父ちゃんは農協の手伝いぐらいで。母ちゃんは主に、祭祀だけを受け持ってたんや。
あんたにオキツネサンが降りて来はって、素振りから何までオキツネサンのままになったんは、母ちゃんも思わんことやった。全く信じられへん、初めてのあんたが・・・ばあちゃんでも、そこまでの振る舞いはできんかったよって。
これからあんたを頼って、仰山の人がやって来ることやろ。噂は勝手に飛んでるはずや」
しんみりとして聞き入っていた房枝は、驚いて顔を上げた。
「母ちゃん、そんなことゆうても、うちは大阪に帰るんやし」
「なぁ、ここに居(お)ってくれんか、ここに住んだらええやないの」
「うちにはだんながおるんや。大阪がうちの家や。明日、帰る」
「おってですかぁ、千尋ちゃん連れてきました」
「まあまあ、ご迷惑かけました。ありがとうございました・・・千尋、お利口さんにしてた?」
「そりゃもう、明日もまた迎えに来ます。それとこれ、食べてもらお思うて、絞めたんです」
「えっ?」
母が代わって応えた。
「信子さん、ほな明日も頼んますで。まあ、鶏肉(とり)でっか、久し振りで」
「お母ちゃん!」
頭を下げて出ていく信子を見送り、母を睨みつけた。
「これはな、オキツネサンへのお供えとして持って来はるんや。明日も分かってるやろな、皆の期待を裏切ったら、あきませんで」