深く眠りし存在の
ベビーカーのハンドルにドラッグストアのバーゲンで買った紙おむつの大きな袋をぶら下げて、団地の駐輪所に入って行った。下部に取り付けているバスケットにも、スーパーマーケットの買い物袋が大小合わせて三つ入っている。それらを足元に置いてすやすやと眠っている子どもを抱き上げると、片手でベビーカーをたたんで駐輪所の壁に立てかけた。
子供を抱いている方の手先に紙おむつの袋をひっかけ、食材などの入っている袋をひとまとめにして提げると、団地の階段をゆっくりと上がって行った。抱いている子どもの体重は日に日に増し、長い時間片手で抱いていると、上腕部から肩にかけて痺れがきた。曲げている指も、袋の紐が食いこんで千切れそうなほどだ。体を右前に傾けながら踊り場に着くたびに、腕がもげそうになっている重い荷物を足元に置いては子どもを抱え直した。5階建ての団地にはエレベーターはない。
4階の部屋の前に到着すると、「ふーっ、やれやれ」と荷物を下に置き、足をストッパー代わりにしてドアを押し開いて、荷物を取り上げ体をひねるようにして背中から中に入った。上り口に荷物をどかっ、と置くと、ベビーベッドの所まで急ぎ足で行って千尋を寝かせる。
やっと解放された腕を振りほどき腰を叩いた後、頭の上で両の手を組んで引っ張って、腰をそらせながら再び深く息をついた。
すぐに千尋は泣き始めた。とりあえず、買って来たばかりの冷凍食品を冷凍庫に入れる。解け始めているらしく、袋には水滴が付きやや軟らかくなっていた。
「千尋ちゃん、もうちょっと待っててねぇ」
慌ただしく食品類を分類して、あるべき位置に入れていった。
恵津子は疲れていた。毎日の買い物、子どもの世話と家事。しかも今の千尋は夜泣きがひどくて、毎夜1、2回は起こされる。夜遅くに疲れて帰ってくる雄介は、「うるさいなぁ、はよ黙らせや」と言って頭から布団をかぶるだけ。朝は、そそくさと食事を済ませるとすぐに出かけてしまう。
「行ってきま〜ちゅねぇ」
「帰ったよ〜ん」
雄介が家で話す言葉はこれだけだ。出かける時帰った時に、眠っている千尋のベッドを覗きこんで囁くだけである。
そんな日々の中、恵津子の頭痛は日増しに強くなっていった。
千尋の泣き声が遠くで聞こえていたり、また耳のすぐそばにけたたましく聞きながら襲ってきた頭痛に、こめかみを強く推し揉みつつ台所の椅子に腰かけると、テーブルに突っ伏した。