深く眠りし存在の
煮沸した搾りたての牛乳を、フーッ、フーッと吹き冷ましながら、昨日母が言っていた『明日祠に集まってくれや』とゆう言葉を、ずっと考えている。
昨日の午後は、母と千尋の3人で畑へトマトやキュウリをもぎに行き、その近くの小川で水遊びをした。
後足、あるいは前足もが伸びてきているおたまじゃくしを見つけた千尋は大喜びで、バシャバシャと水の中を歩き回っては、土手の草むらにじっとしているカエルをしゃがんで見つめていた。近づけていた顔に向かってカエルが跳びはねた瞬間、驚いてのけぞり、水の中で尻もちをついて大声をあげて泣いた。
房枝は笑いながら、「おうちに戻ろうか」と抱き起こすとすぐに泣きやんで、「やっ! かえるしゃんとあしょぶの」と、再び水の中を歩き回るのだった。
たくさん歩き、たくさん遊び回った千尋は夕食を終えると、すぐに眠ってしまった。後片付けを手伝った房枝もやはり疲れていたのだろう、早々に床に就いたのだ。
そうして明け方に見た夢の中で、房枝は薄暗い祠の中にいた。正面に向かってぼんやりとしていた焦点が合ってくると、そこには坐した、自分と同じぐらいの大きさのキツネの像があった。松本メンタルクリニックに通っていた時にはどうしても思い出すことのできなかった像が、くっきりと、夢の中に現れたのである。
人格統合を終え、先生から完治したと宣言されたのだが、時々不思議な感覚に襲われることがあった。具体的にどう、とゆうのではなく、ちょっとした違和感があったのだ。それが、夢の中でその正体をつかめそうなところで目が覚めてしまったのである。
――かぁちゃんがゆうてた祠、夢で見たんと同じなんやろか。
その祠に集まって何しよ、ゆうんやろか。
千尋に冷ました牛乳を飲ませ、食事をしている間中もずっと、時々手が止まって同じ疑問が、何度も頭の中をかすめていった。