深く眠りし存在の
「なんてこった」
時々唸り声を発しながら、恵津子と共に今までの治療の様子を録画で見終えた雄介が、最後に突拍子もない裏返った声を上げた。
「俺が結婚したのは、恵津子です。知りあった頃、恵津子の記憶はあいまいでした。医者にも掛かり、弁護士に相談もし、そうして正式に戸籍を作ることが出来たんです。千尋の母親は、いや、俺の妻は恵津子であって、房枝、という女ではありません」
雄介は、ちら、と恵津子を見やって、続けた。
「房枝に、母親としての務めは果たせるのでしょうか」
松本は体を乗り出して、答えた。
「恵津子君には欠けている部分があり、房枝君にも欠けている部分がある。人格を統合することによって、その欠けている部分を捕捉し合うことになるのです。お嬢ちゃんの為を考えれば、母親の、統合された人格であることは必須でしょうね」
雄介は、いつになく見返してくる恵津子に気付いた。大きく見開かれた目が、外の明るさを反射してきらきらと輝いていた。今の瞬間までちっとも目立たないでいた唇は、苺のように鮮やかに光っている。
「お気づきになられたようですね。房枝君の交代人格がふたり、恵津子君の交代人格がひとり、すでに統合したことにより、恵津子君自身にも内面の強さが備わってきているのです」
「おどろいたぁ、恵津子、だよな」
ふたりの視線は絡み合い、恵津子は微笑んでうなずいた。
雄介は、恵津子の微笑の中に、今までの恵津子からは得ることのなかった、隠れていたのであろう魅力を感じ、心がざわついた。
「分かりました。房枝を受け入れましょう。妻として。それでいいんだよな」