深く眠りし存在の
「久しぶりだね、どうしているのかと案じていました。君の表情は前回来られた時よりも、生き生きしてきていますね」
「えっ、生き生き、してますか」
思わぬ言葉に驚いた。
「そう、目に力が入っています、気付きませんでしたか。さて、この数カ月の間に何があったのか、聞かせてもらえますか」
恵津子はノートを取り出して、忍とさっちゃんが最後に残したところを開いた。松本はそれを見て、深くうなずいた。
「あなたが来づらかったのは、やはり自身の存在のことを考えていたのですね」
「房枝は、自分の受けた現実を知って、その辛さを乗り越えて自信を取り戻しつつあります。それで、私がいずれ消滅するとしても、私が生きてきた期間の記憶を、どうゆうふうにしたらよいのかと・・・その間ずっと、房枝は眠ってたんですよ。私が消えてしもうても、房枝が私の代わりをしていけるのか」
「私にも経験のないことで、軽々しくは言えません。主人格が引っ込んでしまっているような臨床例を調べてみたんですが、見つかりませんでした。だが、本来のあるべき姿に落ち着かせることが肝要。それは、やはり・・・房枝君が主人格であるということです・・・しかも房枝君の心の変容が、あなた自身の表情の変化として表れてきているのではないでしょうか」
恵津子の驚きは、さらに大きくなった。ふたりとも考え込んでしまった。
「私という人格が房枝に吸収されてしまう、私の経験と共に。それが、自然なのかもしれません」
「その通りだと思います。房枝君が苦難を乗り越えていけるだけの自信を得た時、明理君も君も、記憶もろとも吸収されてしまうのでしょうね。あなたという人格の存在がなくなれば、いやそれよりも先に勇君の存在は消滅すると思います。そもそも勇君は、あなたを守るために現れたのだから」
恵津子自身も成長していた。今ある現実を受け入れる心の準備を整えるために、松本と話をしたかったのだ。
「ご主人の協力があれば・・・」
恵津子の苦悩する表情を見て、付け加えた。
「電話で状況を説明して、理解していただけるように説得してみましょう・・・いや、ご主人にも、直接録画を見てもらったほうがいいかもしれません、いかがですか」
「いくつもの人格が存在していたという実態を、主人は理解できるでしょうか」
「知らないうちにあなたが房枝君と統合してしまっては、ご主人、とまどわれるのではないですか。それに房枝君となったあなたは、何と呼んでもらえばいいのですか」