深く眠りし存在の
前回の面接から数カ月過ぎた。その間、恵津子からは連絡が来なくなっていたのである。来院や連絡を強制してはいけない。あくまで本人の気持ちを尊重したかった。
恵津子の心は葛藤していた。
面接の最後に恵津子も録画を見ていた。肩を抱かれて涙を流していた房枝の様子も見ていた。
その数日後である。
性的虐待を受けていたさっちゃん、クラスの皆から無視されたり暴力などのいじめを受けていた忍。その姿は自分自身だったのだと、房枝が認識しその事実を受け入れた時、さっちゃんと忍の人格が消滅したのである。
小さな弱々しい忍の文字は、こう綴っていた。
「私の体験を房枝が受け入れたことにより、私の存在する意味はなくなりました」
さっちゃんがノートに残していたのは、市松人形に似せた、絵、である。黒い長めの髪と赤い着物姿の絵であった。それは以前にも何度か書いていたものだが、その時には顔の輪郭だけであったのが、今残された絵には、ぱっちりとした目や赤くした口、そして鼻も耳も眉も描かれていた。さっちゃん自身も成長していたのだと分かる。
恵津子自身も、このまま病院に通い続ければ、いずれは消えてしまわなければならない。医者の面談を受けずにこのままほっておけば、ずっと千尋と共にいることができる。
――千尋を生んだのは、私なのだ。房枝じゃない。
房枝自身は、明理や勇の存在と松本医師の支えによって、自信を取り戻しつつあるように感じていた。もう自殺など考えずに、前向きに生きようとしている。それは、房枝の代理として在り続けた恵津子にも伝わってくる感情だ。
どうしたらよいか迷い続けた恵津子は意を決して、松本メンタルクリニックを再度訪れた。