深く眠りし存在の
明理は房枝の監視を緩め、心の中にある部屋から自由に出入りできるようにした。しかし房枝は、他の交代人格と触れ合おうとはしなかった。また、眠っている恵津子と交代しようともしなかった。
「それは、房枝君の自殺願望が減退した、ということかもしれないね」
松下は明理から、この2週間の様子を語ってもらったのである。
交代した房枝は、やはり心の中を見透かすような研ぎ澄ました視線を向けてくる。興奮している時の状態とのギャップが大きすぎる感じがした。それでも、現在の房枝をありのままに受け入れていかなければならない。辛い体験を再認識し、その現実を乗り越えていかなければならないのは、房枝自身なのだ。
「今日は、忍君の録画を見てもらおうと思っていますが、房枝君、気持ちは落ち着いていますか?」
「大丈夫、と思う」
表情を変えることなく画面を見つめていた房枝は、「嘘つき、か」と言って、目を閉じた。松下は、録画を見ている房枝を黙って見つめていた。少しの変化も見逃さないように。そして、房枝が何かを言葉にするまで待ち続けていた。
「いじめられてた・・・そんなこと、あったっけ」
瞼を閉じ、涙をにじませている。
「クラスで、物が無くなったことが、度々あった。うちが盗ったんちゃう。けど、みなから嘘つき呼ばわりされとったけぇ・・・小学生ン時、母ちゃんが先生にゆうとった。この子、時々嘘ゆう時がありますんや、て。クラスの子が教室の外で聞いとったから、次の日にはみなから、嘘つき、言われた」
「辛かったね」
「その頃からや、いじめられるようになったんは。ひどい言葉投げかけられたり、無視されたり・・・けどクラスの子から、暴力受けたことはなかった・・・暴力受けてる子が別にいたんは、そばにいて何べんも見てる。知らん子やった・・・あの子、体外離脱した、うちの姿やったんカァ〜あああ〜〜」
房枝は声を上げて泣き出した。滂沱と流れる涙をそのままにして顔を上げ、消えている録画面にぼんやりと視線を当てている。涙は顎から膝の上に滴った。
松本は、いつ泣き止むとも分からない房枝の肩を抱きかかえるようにして、静かに横に座っていた。