深く眠りし存在の
2週間の間があいた面接日。
「先生、私ばかりが長い時間存在してきた理由が、だんだん分かってきたように思います。私が一番、房枝の代わりを務めることができるからですね」
「存在理由、か」
「他の五つの人格の存在を知ってから、ずっと考えていました。なぜ私が、結婚して子供まで生んで、この体を、交代人格にすぎない私が使ってきたのか。いつも自殺を考えている房枝では危なっかしい。さっちゃんや忍は、ある時点から成長出来ずにいる。明理は、性格的に房枝とはほど遠い。しかも房枝を監視していなければならない。勇は私の行動から出現した」
「さっちゃんも忍君も、現実を知ることで成長し、現に今、成長しつつある。房枝君も、現実を直視し受け入れた時点で自殺願望は消えるはずだ。その時、君たち交代人格は統合される。それは房枝君が、すべての交代人格を受け入れた、ということになる」
松下はそう言って恵津子を安心させ、額に手を当てて続けた。
「房枝君を呼び出すよ・・・出てきなさい」
もしかしたら明理が出てくるかもしれない、と思ったが、現れたのは房枝自身だった。明理も現実を受け入れつつあるのだろう。
「交代人格たちとの議論に、加わったことはありますか」
「いいえ、ずっと部屋に押し込まれとったから。何がどうなっとるんか、なんも分かりません」
まず、さっちゃんの録画を見せた。幼い仕草で人形をいじくりまわしている。
「この話に、何か心当たりはありますか」
房枝の目から涙があふれだそうとしている。長袖カッターシャツの袖口を目に押し当てた。
「少し、思い出したことが・・・まだ幼稚園に通う前のことやった、思う。うっとこから10分ほど歩いたとこにお堂が建ってて、お父ちゃんに連れられてよう行きました。そこに祀ってある像に朝晩お供えするんが、うちの役割やったんです・・・あれは、なんの像やったんやろか」
房枝は、一生懸命その像のことを思い出そうとしていた。しかし松下は、その先を促した。
「お堂の中でお父ちゃんが、うちの服を脱がそうとするんです。うちはそんなん嫌やったから逃げ出しました。お堂の外に出てからお父ちゃんのことが気になって中覗いたら、お父ちゃん、知らん女の子の体を舐めまわしてた。帰った時にお母ちゃんにゆうたら、そんなでたらめゆうたらあかん、嘘ゆう子はバチ当たる、て、お尻叩かれた」
「その、知らない女の子、というのは、あなた自身だったのです。あなたは体外離脱したようですね。自身を守るために」
「たいがいりだつ?」
「意識が一時的に体から分離して、体の外からあなた自身を見ている、という現象です。文献によると、解離性同一症の方たちには、たまに見られる現象だということですが」
「違うっ、うちとちゃう! うちははっきり見とったっ。そんで皆がうちのこと嘘つき、ちゅうて、嘘ゆうな、ゆうて、押し入れに閉じ込められて、無視されて、うちの……」
房枝は次第に体を震わせて、立ち上がった。
松下は興奮を鎮めるために、房枝の体を抱きしめた。
「君は嘘つきじゃない。そのことを私は十分知っている。君の辛い体験が、その体験から逃れようとして自身を守るために、精神が体外離脱をして、君と交代した人格がその体験を受け入れてくれたんだ」
抱きしめた房枝の背中を優しく、何度もさすり続けた。
その日の面接は、次回を2週間後、として終えた。