深く眠りし存在の
「頭痛、幻聴はいかがですか」
1週間後、面接室に現れた恵津子の顔色をうかがいながら、問いかけた。幾分晴れやかである。
「おかげさまで、頭痛も幻聴もほとんどなくなりました。久し振りに落ち着いた気分で過ごせました。ありがとうございます」
「まだまだ。あなた達は統合できたわけではありません。忍君とさっちゃん、それに房枝君の記憶をみんなで共有していかなければ、人格統合は出来ませんから」
「先生、この前の治療の最後に見せてもらったビデオですけど」
恵津子は恐る恐る切り出して、言い淀んだ。
「どうしたんですか。ここでは、思ったことは何でも言ってください」
「私は・・・私は、いずれ消えなければならないのですか?」
「主人格である房枝君のことを考えているのですね」
松本は、コクリとうなずく恵津子に、低音でゆっくりとした口調で聞かせた。
「人格の統合は、主人格である房枝君の成長にかかっています。主人格の自我が成長し現実の認識能力を身につけさせる。そうすることで主人格の中に交代人格が吸収され、人格の統合がなされる・・・主人格がひとりで生きていける力をつけると、あなた方が主人格の中に入っても消えることはありません。主人格を通して、あなたも、存在しているのです」
「でも、千尋のことが」
「お子さんの成長にとっても、ひとつとなった人格のお母さんと接触した方が、良い結果となります。でなければ、お子さんも解離性同一症を患う確率が大きいことが、データの上でも示されているんですよ」
「分かりました。治療を続けてください」
「治療の様子はビデオに残しておきます。よろしいですね」
恵津子はうなずくと、顔を上げて目蓋を閉じた。