深く眠りし存在の
「明理君、出てきなさい」
現れた明理の人格は、「やっとあたしの番だ」と言いつつ、大きく伸びをした。
「頭痛と幻聴が激しいと訴えているんだがね」
「勇と意見が合わんからね。それに忍とさっちゃんまで出てきて、好きなことゆうてる。恵津子は鈍うて、つい口出ししとなるし。それで勇が出て行きそうになるから。奴が表に出ると、ややこしいやろ。それであたしが出ていくことにしてる」
松本は自分の額に手を当てて、深いため息をついた。
「頭痛と幻聴。なんとかならんだろうか」
「辛いのか」
明理は足をポリポリと掻いている。
「そうか、君は経験がないということか」
「ない」
「頭痛は、側頭部から後頭部にかけて、血管が破裂しそうに感じるそうだ」
頭に手を添えて示した。
「それと、頭の中でする、諍ってるような声に戸惑ってしまうということだ。何かを命令してくる言葉、とかにもね」
ついに明理はストッキングを脱ぎ出し、丸めてバッグに仕舞って言った。
「ふ〜ん。なんとかしてみようか。けどさぁ、こいつ見てたらじれっとうてしゃぁない」
「ところで、君の話をじっくり聞きたいんだがね」
「世間話ならいいけど、あたしのことなら話すことはない」
明理は肩を引いて、目は窓の外にそらせた。松本はその目を覗き込んで質問した。
「コンビニでバイトをしている時、恵津子君に代わって午後の時間はほとんど君が働いていた、と言ったね」
「そ、こいつ、とにかくとろい。それで午後はあたしが変わってやった訳。誰も気づいてなかった」
「コンビニを辞めた後は、どうしたんだ」
「さぁ・・・最近まで出番はなかったようやし。ずっと眠ってたような気がする」
「恵津子君は高校生の頃を、少ししか覚えていないんだけどね」
「高校時代かぁ、懐かしい・・・くもないか。房枝がリストカット繰り返すもんやよって、もう大変。死ぬのだけは勘弁願いたくて。剃刀を手首に当てるたんびに血が吹き出てくる。そしたらすぐにあたしが出て行ってね、手当てする。薬を大量に飲んだ時にゃ、あたしが代わって吐いたりもしたけど、まだ胃の中に残ってるだろ。フラフラしながらチャリを転がしたね。病院に行くために、延々と続くジャリの田舎道をさぁ。転んだりもしたよなぁ」
「なぜそんなに、死にたがったのかねぇ」
「さぁ・・・あたしも疲れてきてさ。そうしたら、恵津子が誕生してきたってわけ」
「君はいつ頃に」
「さぁ、房枝が初めてリストカットしたんは・・・そう、小学6年生やったかな、その時やったと思う、忍も同じ頃。高校生になって恵津子が現れてくると、その間に房枝を部屋に押し込んでやった。あたしは、ずっと房枝の監視。けどさぁ、恵津子を見てるうちにじれったくなってきたね」
「まるで、小説のようだ、そんな事がありうるのか・・・いや、どうもありがとう。君は、心の中にいる人格たちすべてとコンタクトが取れるのかい」
「一応、知ってるつもりやけど」
「そして現在は、恵津子君が体に出ているという図式だな。そして君たちのことを知らない。交代した人格が出ている間に、君は恵津子君と接触は出来ないのかい」
「よく分かんないけど、出来ないと思う。住んでる部屋の場所が違うんだから」
松本は腕組みをして、考え込んだ。いつの間にか窓のそばに立って、外を眺めている明理を振り返って言った。
「こういうのはどうだろう。恵津子君が眠っている間は誰かが出てこれる、ということだ。考えていることでも行動したことでも、ノートに書いて残しておく、というのは」
「ふーん、面白そう、やってみようか、恵津子にも伝えてくれる? そうそう、今度ストッキングはいたらぶん殴ってやる、てのも伝えておいてよ。もう痒くって」
「それこそ、ノートに書いとけばいいんだよ」
「そっか」