深く眠りし存在の
次の面接までに臨床例に関する文献を読み、治療室には録画用カメラを取り付け治療の様子をすべて記録することにした。それによって自身は、恵津子の状態をより詳細に、専念して観察することができる。
「気分はいかがですか」
「あのう、以前より頭痛が激しなって、頭の中から声が頻繁に聞こえてくるんです。なんか、言い争ってるような」
「人格同士が議論しているのかもしれませんね」
「頭痛がなくなるだけでも・・・」
「明理君に協力してもらいましょう。皆、あなたをいじめようとしているのではないはずです。むしろ、助けようとして出現してきたはずですから」
すがりつくように見つめてくる恵津子に続けた。
「まずは、あなたの過去を整理してみましょう」
少しずつ、恵津子の過去を遡っていった。
「高校を卒業してから大阪に来て、コンビニで働き始められた。そこらへんのいきさつは・・・つまり、正式に就職されたわけではないということですね。」
「大阪に来てから、バイト募集の張り紙を見て応募しました。友達が契約していたアパートで、一緒に暮らしていたんです」
「友達、というのは」
「高校のクラスメイトでした」
「あなたの故郷のことを聞かせてくれますか。高校を卒業するまでのこと」
「それが・・・よく憶えてなくて。同級生だった好子さんが帰ってきた時にたまたま出会って、大阪での生活なんかを聞かしてもろて、それで頼って出て来たんです」
「故郷は?」
「・・・京都の・・・山に囲まれた・・・」
恵津子は宙に目を彷徨わせ、必死に思い出そうとしている様子が見て取れた。
「故郷でのことを、何か思い出せませんか」
うなだれてしまった恵津子は、黙ったまま首を横に振った。
――この恵津子は、主人格ではないのかもしれない。
松本は、前回出会った六つの人格をそれぞれに思い描いてみた。
――房枝がもしかして、元々の存在、主人格だろうか。