深く眠りし存在の
――腫れぼったい瞼をした気だるそうな様子は、恵津子君に違いない、
と、ようやく落ち着いた気分となった松下である。
「すべての交代人格と対面しました。協力を得られそうで、なんとか治療は出来そうです。それで、次回の面接ですが」
「あの、かなりかかりそうですか? いえ、時間の方」
「こういう解離性同一症というのは、人格ごとに記憶を遡って、お互いの欠けている時間をうずめていく作業をしていきます。必要に応じて催眠療法を施すことになるかもしれません。その場合、交代人格すべての了解を求める必要もあります。6人の人格それぞれの話を聞き、分析していく。少なくともさらに、6回の面接は、必要でしょうね」
恵津子は虚空を見つめ、思案している。
「お子さんの為にも、人格の統合は必要でしょう」
「子どもを置き去りにしてしまうことを考えると・・・やっぱり、耐えられません。先生、治してください、お願いします」
松下は、涙を浮かべて頭を下げる恵津子の気持ちを、しっかりと受け止めた。
松下は、治療の進め方を検討するために恵津子の夫、雄介に連絡を入れた。雄介からも恵津子の過去の状態を教えてもらうと同時に、恵津子の置かれている状況を伝えておく必要がある。最も必要とされる支え手となるはずである。
しかし雄介からは、恵津子が来院した時に述べた内容以上の事は得られなかった。IT企業の社員で、他社との競合が激しく、会社における自身の存在感を示すために、社員同士が毎日せめぎ合っているのだという。
「仕事以外のことを考える余裕なんて、ありませんからね。油断していたら蹴落とされる世界なんです。恵津子のことは気になりますが、彼女と千尋の為でもあるんですから。治療はお任せします。金銭面は大丈夫です」
恵津子の中では、夫不在になっていることが育児の上でも強いストレスとなってのしかかってきているのかもしれない、と感じたが、雄介の了解を得たことで少しは治療を進めやすい。