深く眠りし存在の
次には、おっとりとした表情で何度も小さく瞬きをするようにして、まぶたを開いた。
「房枝君だね」
ゆっくりとうなずき返した。松下の双眸を射竦めるような視線は、勇のように睨みつけているわけではない。心の中を透かし見るような、ある意味で、自身の忘れていた後ろめたさ、を思い出させる恐ろしさを秘めている。
「ここはどこ、あんたは?・・・うちは、どうしたんやろか」
「私は医者なんだよ。君は、長い間眠っていた。君が担っている苦しみから救いだしたいんだ」
「うちを助けてくれるんかい? うちみたいなおなごは、居(お)らんほうがええんよ。みんなうちのこと、嘘つき、ゆうとっちゃったで。そんで、のけもんにされとったん」
「嘘つき、ゆわれていたんだね、辛かったろうね」
「嘘ゆうな、って父ちゃんによう叱られた。それで母ちゃんにも、信じてもらえんかった。嘘ちごうて、ほんまのことゆうてんのに。盗み、なんかしたことないのに疑われて、ぶたれて・・・そやよって、うちは居らん方がええんよ」
房枝は、次第に興奮した状態となっていった。あたりを見回して机の上にあるペン立てに目を止めると、立ち上がろうとした。
松下はハッとしてペン立てを見ると、ペーパーナイフが差してある。あわてて房枝の肩を抱くようにして、押さえつけ座らせると同時に額に手を当てて、「恵津子君出てきなさい」と発した。
にやけた表情で現れたのは、恵津子ではなかった。気が動転してしまった松下は誰が現れたのか、分からない。
「そやからゆうたのに。勇が、出てこれんよう見張ってる」
「ああ、明理君か。これで、全員なんだな」
「と思うけど」
「まだ居る、ということか」
「あたしが生まれたんは房枝が中学せン時。それ以前に住んでたんは、さっちゃんと忍だけなんかどうか、はっきりとは知らん。このふたり以外と出会うたことないし、部屋も他にはないようやしね」
「部屋?」
「心の中にある部屋。みんなそれぞれ、自分の部屋持ってて。普段、そん中で眠ってるんやけど」
「分かった。それで今日は、これで終わりだ。ああ、君は次回に詳しく話して欲しい。普段は、恵津子君が出ていないと困るんだろ。代わってくれるかい」
滴る汗を拭きながら言った。