影ふむ鬼子は隣のだれか1 神末一族番外編
朝のホームルームで、変質者についての情報が担任から伝えられた。
「なんか変な噂があるみたいだが、面白がっている者は気を引き締めろよ」
時計男、という都市伝説を面白がっている生徒への戒めも忘れない。なるべく大人数で帰ること、部活動は終了時間を早め、午後五時半には完全下校時刻とすること。それを伝えた後、担任は授業に入った。
(時計男ねえ)
窓の外は眩しい緑が広がっている。夏の終わりの、最後の熱を放つ空の青が美しかった。
ふと視線を感じてその先を追うと、右斜め後ろの矢野七星と視線が合った。
慌てて視線を逸らした七星は、よほど慌てたのかペンケースを落とし、中身をぶちまける。
「矢あ野お~、」
「ナナセ何してんの、ほら手伝うから」
「す、すみません。ありがと樹里ちゃん」
教室中が和やかな笑いに包まれていても、紫暮だけは笑えない。
――少しは歩み寄る努力も必要だぞ
瑞に昨夜言われた言葉が蘇る。矢野七星の思いのこもっているであろう手紙は、結局開封しないまま机の中にしまってある。
(どうしろってんだ)
好き。付き合ってほしい。友だちやクラスメイトとは違う存在になりたい。
それは平たく言えば、自分のものになれと、そう言っているのと同じではないのか。
(俺は矢野と同じ気持ちにはなれない。矢野が欲しくて欲しくてたまらなくて、他の誰にも渡したくない存在でもない限り)
ここでもうすれ違っている。これでどう歩み寄れって?わからない。それとも、そこまで深刻に考えなくてもいいのか?ちょっとかわいいから付き合うか、くらいの思いでいればいい?
(・・・そんなことをしたら、あの手紙にこめられた思いも裏切ることになるんじゃないのか?)
だから、自分にはどうすることもできない。
それを責められても、やはり理不尽だと紫暮は感じるのだった。
作品名:影ふむ鬼子は隣のだれか1 神末一族番外編 作家名:ひなた眞白