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不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器

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 最初から小照さんが怪しいとは思っていたが、動機については分明ではなかった。しかし、自然計数のおかげで動機が分かった。
「貴方は霧里さんに別れを切り出されたのではありませんか? 霧里さんは貴方を吉原から抜けさせようとした。しかし貴方にはその真意を誤解してしまった」
「……」
 小照さんが黙り込んだ。
 ぎしっ、と奥歯を噛み締める音が響いた。
 小照さんは鬼を映した能面のような表情で僕を睨んでいた。
 歌の上手い娘は激情を秘めると言う。
 そんな大尉さんの言葉通り、小照さんは怖い娘だった。実の姉に等しい存在を手に掛け、罪の意識を感じさせることもなく、ただ手の行方にのみ心を動かす。しかし人ならざる存在が化けたところで人にはなれるはずもない。
 最初にこの現場に訪れた時に近くした自然計数はそのことを教えてくれた。自然計数は人の想念が世界に残留したもの。そこには被害者のみならず加害者の感情も映し出される。自然計数を知覚することによって、僕は真相に最も近付く。
「小照さん、言い分はありませんか?」
 その時、小照さんは高階中尉殿に飛びかかり、腰のホルスターから拳銃を奪った。
 あっと言う間に出来事。
 小照さんは奪った拳銃をみずからのこめかみに押し付ける。
 手を伸ばしても間に合わない。
――銃声。
 しかし撃ったのは大尉さんだった。
 大尉さんは電光石火の動きを見せ、小照さんの持つ拳銃だけを弾き飛ばした。
 小照さんは糸が切れたように脱力し、その場に崩れ落ちた。
「……花魁から捨てられるのが怖かったんでありんす。わっちには花魁が全てでした。花魁と離れるくらいならいっそ……」
 ぽろぽろと涙が零れる。
 僕は小照さんの誤りを正さなければならない。霧里さんは本当に小照さんを愛していたのだろう。愛していたからこそ自分は身を引こうと思ったに違いない。しかし、そんな気持ちが小照さんには理解できなかった。それはとても悲しいことのように思えた。
 たった一四年の人生経験であっても僕は断言できる。
「いいえ。そんな愛は偽物です。貴方は折角霧里さんが与えようとした自由を自分の手で台無しにしてしまったんだ。きっと霧里さんはそのことを一番悲しんでいる」
 空はいつの間にか泣いていた。
 僕とサヨイは、小照さんたちが大尉さんたちに連行されたあと、傘を借りて歩いて帰ることにした。大尉さんに邪魔されず、二人だけで時間を過ごしたかった。
 番傘から雨滴がしとしと滴り落ちる。
 僕たちは静かに雨に濡れた街を歩く。
 濡れそぼった桜並木が泣いているかのように雨滴を垂らす。
 先を歩くサヨイの呟きが聞こえてきた。
「結局、誰が私を殺したのか分からなかったのね……。でも、これで良かったのかも。私は過去と向き合うのが怖い」
 そうだ。
 僕はサヨイを殺害した事件の手がかりを求めていたのだ。
 サヨイたち自動人形には生前の記憶がない。これまで生きてきた記憶こそ人間らしさを支えてくれるのだと思う。だとしたら僕はサヨイが人間として生きられるように真実を明らかにしなければならない。
 サヨイが過去と向き合うのが怖いというなら、僕が傍にいて支えてあげたい。
 僕はなによりも大切なサヨイに約束した。
「安心して、サヨイ。僕が傍にいるよ」
 雲の合間から光が差し込む時が来ると今は信じたい。

■幕間その一

 目覚める度に、私は自分がどんな夢を見ていたのか忘れてしまう。
 とても大切な人たちの夢を見ていたような。
 頬を伝う涙が私にそのことを教えてくれる。
 それなのに私は目覚めるとなにも覚えていない。
 ベッドの傍らでは勇希が私の手を握ったまま穏やかな寝息を立てていた。勇希がまとう白檀の甘く爽やかな匂いを胸に吸い込んだ。勇希の髪は子犬の毛並のような印象で、撫でると柔らかな手触りがある。
 私の手が心地良いのか、勇希は眠ったまま吐息を漏らす。
「ん……」
 勇希の温もりが愛おしい。
 私は勇希を起こさないように静かに上半身を起こし、軽く背筋を伸ばした。
 勇希の部屋は多くの本で埋め尽くされている。諮問探偵と学業を兼ねるというのは傍目から見ても大変そうだが、勇希は愚痴を零したことがない。きっと外では私の知らない苦労をしていると思う。私は母親なのだから、もう少し話してくれても良さそうなものだが、心配を掛けまいという勇希の心づかいは嬉しかった。
 勇希が作った戦艦の模型が飾られている。有名な軍艦らしく、勇希が熱っぽく話してくれたのは覚えているが、どんな艦名だったのかは憶えていない。
 私は自分の部屋に移って着替えを済ませた。
 最後に櫛で長い髪を梳かす。ツゲ製の櫛は、木目が細かく、髪を梳いた時の滑らかさや滑りの良さが特徴的だ。髪を傷めず、毛根に心地良い刺激を与えてくれる。私はずっと髪を伸ばしたままで、一度も短くしたことがない。流行の髪型にして気分を変えるのも悪くないと思うのだが、何故か気が進まず、ついそのままにしている。
 食堂に移った私は窓を開けて空気を入れ替えることにした。
 窓を開けると、強い風が吹き付けてきて、桜の花びらが舞い込んできた。私は髪を手で押さえながら外に目をやった。桜はもう散り際だった。散り際の桜は一層艶やかで、ただそこに静かに佇みながら私の心を確かに揺さぶる。
 一人分の朝食を作り終え、勇希を起こしに行こうと思ったところで、その勇希の声が背中に投げかけられた。
「おはよう、サヨイ」
 天国的な美しさを持つボーイソプラノ。
 少年にしか許されない透明感は、散り際の桜に似て有限なものだ。いずれ散り行く短い開花は溜め息を誘うような儚さがあった。
 振り返ると学ランを着た勇希が朝刊を片手に立っていた。
「おはよう、勇希」
 勇希はテーブルに着き、手を合わせてから食事を始める。
 今朝の献立は、大根おろしの入った納豆、ホウレンソウのソテー、ジャガイモとワカメの入った味噌汁、黒蜜ときな粉をかけたキウイ、そしてご飯。ちなみにキウイに黒蜜ときな粉をかけるのはネットで見かけたもので、きっと美味しいと思う。
 しかし勇希は朝刊を読みながら食べる。
「勇希」
 と私は声を少し尖らせた。
「食事の時は新聞を読むのはやめて」
「いや、でも気になる記事があるんだよ」
「新聞を読みながらだとちゃんと味わえないでしょう? それとも美味しくないの?」
 私は少し眉根を寄せてみた。
 すると勇希はちゃんと気付いてくれて、慌てた様子で朝刊を畳んだ。
「ごめん! すごく美味しいよ! 特にこのキウイなんて前衛的だよね!」
「ふふ」
 勇希の慌て方が可愛らしい。
 私は食事はとらず、頬杖を突いて勇希の食べる景色を眺めて時間を過ごす。
 勇希はこの春、中学三年生になった。一年生の頃はぶかぶかだった制帽も似合うようになってきた。
 入学したばかりの一年生や、卒業を控えた五年生と違い、中学三年生は伸び伸びと過ごすのできる良い時期だと思う。
 勇希は今日も意気揚々と出かけて行った。
 残された私はいつものように部屋を掃除する。
 そんな時、ワンピースのポケットの中で知能電話が鳴った。
 画面に指を走らせた。
 発信者を見ると、ハッカさんの部下である定光さんとある。
「もしもし?」