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不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器

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 僕は愛おしさを抑えられず、サヨイの手を両手で包んだ。
「僕がついてるよ。サヨイは僕の大切な家族だ。必ず僕がサヨイを守る」
 足を止めた僕とサヨイに山川氏が興味深そうに尋ねる。
「菊池様。そちらのお嬢様はどちら様ですかな?」
 再び歩きながら僕は返事をしようとする。
「この人は……」
 僕の母親代わりだ、と紹介するのは何故か抵抗があった。
 一〇年前、実の母を亡くしたばかりの僕に父が贈ったのがサヨイだった。サヨイは白いワンピースを着て箱の中で目覚めを待っていた。キスをすれば目覚めるよ、と父に言われた僕はドキドキしながら額に口づけした。うっすらと瞼を開けたサヨイの瞳の鮮やかさを、僕は一生忘れないだろう。今にして思えば、あれは――。
「私はサヨイと言います。この子の母親です」
 僕の内心を知ってか知らずか、サヨイはあっさりした口調で自己紹介した。
 サヨイは嘘はついていない。それなのに胸がずきりと痛んだ。
 山川氏はサヨイの言葉に興味をそそられたらしい。
「ほほう? しかし、随分とお若いようですが?」
 サヨイの外見は二〇歳前後。対して僕は一四歳。知らない人から見れば、僕らは姉と弟に見えるかもしれない。
 僕は答えていいものか迷う。
 そんな僕を大尉さんが楽しげに見詰めていた。この人、僕の反応を楽しんでるな。
 しばらくしてサヨイが絞り出すような細い声で答えた。
「私は――自動人形ですから」
「ほうほう。自動人形ですか。現物を見るのは初めてですが、実にお美しいですな。噂に違わぬ美貌です」
 満州国で発明された自動人形は日本人の科学力を証明する最たる例だ。遊女のことを傾国と言うが、自動人形にも国を傾けても惜しくないだけの魅力があるかもしれない。高価かつ希少な自動人形を求める富豪が身を滅ぼしたなんて話はよく聞く。いつもサヨイと一緒にいる僕にはあまり実感が湧かないのだけど。
 大尉さんが滔々と語り出す。
「遺体を利用する自動人形に嫌悪感を持つ人もいるようですね。死者の復活と捉え、自動人形の輸入を禁じている国もあるとか。しかし実際にはサヨイさんのように人間らしい柔らかさがあるんですよ。老化することなく、若く美しいままの自動人形は、人間から体温を分けてもらわなければ生きてゆけない儚さを併せ持っています。それがかえって自動人形の魅力なのかもしれませんね」
 そうだろうか。
 僕はサヨイに人間らしく在って欲しい。
 もう一つ。
 僕の熱ならいくらでも分けてあげたいけれど、サヨイを支配しているつもりはない。
 そんなことを考えているうちに山川氏が三階にある一室で足を止めた。
「どうぞ。この部屋で霧里は殺されていました」
 と山川氏に促されて僕たちは現場に足を踏み入れた。
 世界に刻み込まれた悪意が僕を迎える。



 部屋に通された途端、眩暈が襲った。
 酷く荒らされ、寝床が敷かれたままの和室には濃厚な気配が残っていた。布団の上には大量の血痕。布団だけではない。あちこちに血が鮮やかな花を咲かせていた。しかし僕には血の匂い以上のものを感じ取ることができた。
 自然計数。
――化かす。まやかす。謀る。誤魔化す。誑し込む。瞞着する。謀(はかりご)つ。丸め込む。惑わせる。騙くらかす。騙す。欺く。騙まし込む。乗せる。いかさまをする。偽る。
 犯行現場に残った負の想念が洪水のように僕の思考を押し流す。
 くらくらする。
 世界に漂う毒気に酔いそうだ。
 二日酔いとかニコチンとか。経験したことはないけど、もしかするとこういうものなのかもしれない。
 本来ならば自然計数とは、目的とする被測定物からの真の計数ではなく、それ以外のものに起因する計数のことを言う。しかし僕は犯行現場に残った情念を知覚する。その能力を持つがために諮問探偵として警視庁に雇われることになったのだ。本来ならば一四歳という年齢は、社会で何かをする上で足枷にしかならない。
 不意に足がふらついた。
 そんな僕を手で支えてくれたのはサヨイだった。オレンジにも似た甘い芳香が鼻をくすぐる。
「勇希、大丈夫?」
「うん……大丈夫」
 そうは答えたが、声が少し震えていたかもしれない。黒い長手袋から伝わってくるサヨイのひんやりした体温が心地良かった。
「大尉さん」
 僕はサヨイに寄り添われたまま大尉さんに向き直った。
「ここには……」
 言いかけて山川氏が興味津々と言った様子で立っていることに気付いた。
 今ここで言うのはまずい。
 大尉さんはなにかを察したようだ。
「ふむ……勇希君の第一印象はあとで聞きましょう。では霧里さんが手首を切断されて殺害されていた状況を、私から説明しますね」
 と大尉さんは口元に白手袋に包まれた手を当てて、こほんと軽く咳払いする。
「昨夜、高階正幸という憲兵中尉が客として登楼しました。二二時のことです。中尉は霧里さんと共にこの部屋に入りました。しかし、三〇分も経たない間に店を去ったそうです。これは楼主の山川さんが証言しています」
 そこで大尉さんはちらりと山川氏を見やる。
 山川氏は無言でうなずいてみせた。
 山川氏の表情はにこやかなまま。
「日が変わって早朝〇六時、小照(こてる)さんという振袖新造が起こしに行ったところ、霧里さんが左手首を持ち去られ、殺害されていたというわけです。まだ検死が終わってはいませんが、リボンが首に巻かれていたところから見て、絞殺と見ていいでしょう――勇希君、ここまではいいですか?」
 よくない。
 聞き捨てならない内容が含まれていた。
 僕は大尉さんに食って掛かった。
「憲兵将校が関わっているだって? 大尉さん、貴方は憲兵隊の人間が関係者に含まれているから僕を呼んだんですか?」
「そういう側面は否定しませんけどね」
 しれっと大尉さんは答えた。
「しかしサヨイさんが殺害された事件との類似性があるのは間違いないでしょう? 貴方に話をしたのは親切心でもあるんですよ?」
 恩着せがましい。
 僕は殺意を込めて大尉さんを睨んだが、大尉さんはどこ吹く風と言った体で受け流す。
 サヨイが憂いを含んだ口調で割って入った。
「落ち着いて、勇希。ここまで来てしまったのだから、なにもせず帰るわけにも行かないでしょう」
「それはそうだけど」
 納得がいかない。
「僕は憲兵隊の隠蔽工作に協力する気はない」
「だったら帰ってもいいんですよ。お母さんのサヨイさんを放ってね」
 大尉さんが平然と言い放った。。
 僕はサヨイと大尉さんを交互に見る。
 大尉さんの玩具を与えられた稚児のような顔。サヨイの寄る辺を失いそうで切なくなったような顔。
 特にサヨイの顔を見ていられなかった。
 サヨイにそんな顔をさせてしまったことを悔やむ。
「分かったよ、サヨイ。大尉さんに協力する」
 僕の言葉を聞いて、サヨイは体を寄せてきて僕の肩に頭を乗せた。
「ごめんなさい。でも……ありがとう」
「僕の方こそごめん。子供っぽいこと言って困らせちゃった」
「子供っぽくてもいい。貴方は私の子供なんだから」
 そんな僕らを見て、大尉さんがにやにや笑っていた。



「さて、どうしましょう?」
 と大尉さんが僕に方針を尋ねた。