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不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器

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 しゅるり、とサヨイは右腕の長手袋を脱いだ。
 しなやかな指の感触が僕の頬を走る。
 サヨイは決意を込めて語る。
「貴方一人には戦わせない。私は私のやり方で戦う」
「ありがとう、サヨイ。でも、どういうこと?」
「今は言わない。貴方は自分の戦いに集中して」
「うん」
 僕はサヨイの手に自分の手を重ねた。
 サヨイの手はひんやりしている。熱を出した時に触れられたことを思い出す。
「行ってくるよ。サヨイは家で待っていて」
「ええ……気を付けて」
 サヨイの声が僕の背中を押す。
 僕は駐車場で待っていた大尉さんたちと合流する。
 大尉さんは不思議そうに尋ねた。
「サヨイさんは?」
「家に帰ってもらうことにしました。この子を連れて歩くのは危険を伴うと思いますから」
 と僕は日沢繭子を見た。
 日沢繭子は所在なさそうに後部座席に座っていた。
 僕は日沢繭子の隣に座った。
「大丈夫。怖がらないで」
「私はこれからどうなるの?」
「君は宮中で保護してもらうことになった」
「宮中で?」
 日沢繭子は目を丸くした。
 そういう表情になると年相応な少女という印象に映る。
 G28は大尉さんに取り上げられていた。
 もしかすると銃が手元にないことを不安に思っているのかも。
「定光君、車を出してください」
 という大尉さんの声と共に車が発進した。
 向かう先は宮中。
 ポルシェ991が軽快に進む。
 いつものように助手席に座った大尉さんが振り返る。
「軍の秘密計画を暴くためにはニコさんの協力と日沢繭子さんの証言が要ります。日沢繭子さん、銃を使わずとも戦う方法はあるんですよ」
「……」
 日沢繭子は答えない。
 車窓から見える景色に目を向けたまま。
 その彼女が叫んだ。
「ヘリ!」
 見れば、一キロほど離れた高みにヘリが滞空していた。
 点のような小さな機影。
 しかし突起物が横に見えた。
 あれは――。
「狙撃ヘリだ!」
 僕が叫ぶと同時にヘリが発砲した。
 銃弾が一キロ先から飛来してポルシェ911の近くに着弾。
 隣を走っていた車に命中した。
 日本陸軍は汎用ヘリコプターUH60を改修して狙撃ヘリなるものを配備している。通常、狙撃手は観測手の支援を受けて狙撃を行う。しかし狙撃ヘリは自機に搭載されたセンサー類によって狙撃手を支援する。それにより高度な狙撃が可能になったという。
 久留島大佐はこんなものを動かしたのか。
「定光君、加速してください!」
 大尉さんの言葉より早く、ポルシェ991は加速していた。
 並走する車を次々と追い抜く。
 ポルシェ991に搭載された水平対向六気筒自然吸気エンジンが咆哮する。
 激しく揺さぶられながら日沢繭子が叫ぶ。
「銃を! 銃を返して!」
 しかしG28では一キロ先の狙撃ヘリには届かない。仮に届いたとしても装甲の施された狙撃ヘリを撃ち落すことはできないだろう。狙撃手を狙うのか。だが、高速で移動する車から当てるなど不可能に近い。
 大尉さんの部下は抜群の運転技術を見せた。
 七速の変速機を扱う手つきは鮮やか。
 大型トラックの陰に入る。
 しかし狙撃ヘリは大型トラックの車輪を撃った。
 大型トラックが巨体を震わせてこちらに寄ってくる。
 減速するしかない。
 だが減速すれば確実に撃たれる。
 その時、ポルシェ991は車輪を滑らせて車体を旋回させた。
 被さるように傾斜していた大型トラックをかすめつつ、車体の向きを変えて反対車線に割り込んだ。クラクションが派手に鳴った。
 神業のような運転技術。
 それでも危機を脱したわけではない。狙撃ヘリは依然、追随したまま。
 しかもポルシェ991は道を引き返してしまった。
 切羽詰まった僕は大尉さんに提案する。
「一番近い高射砲塔に向かってください!」
「勇希君、高射砲塔が軍のヘリを撃墜してくれるとは思えません」
「今はそれに賭けるしかないでしょう!」
 ポルシェ991が道を変える。
 都内各所に建設された高射砲塔のうち一基が見えてくる。
 もうすぐたどり着くというところで狙撃ヘリの銃弾がポルシェ991を捉えた。
 激しい衝撃。
 舞い散るガラス片。
 日沢繭子の悲鳴。
 その時、衝撃によってラジオのスイッチが入った。
 水晶を共鳴させたような美しい声音が流れる。
『ここ最近、都内を騒がせている連続殺人事件についてお話があります』
 サヨイの声だった。
 彼女は今どこにいるのだろうか。
『事件を起こしていた犯人たちは一四歳の子供たちでした。いずれも同じ時期に同じ病院で産まれています。そこにはお国の思惑が絡んでいました。人殺しをしても心を痛めず、かと言って快楽を覚えることもない、そんなお国にとって理想的な兵士を作る過程で生まれた子供たちです』
 次々と銃弾がポルシェ991を貫く。
『私の息子もその子供たちの一人だと分かりました。もしかすると、これを聞いている方たちのお子さんもそうかもしれません。私たち親は子供たちのためになにができるでしょうか。私は考えました。私たちにできることは子供が安心して生きて行ける世界を作ることではないか。そう思うのです」
 とうとう車輪を撃ち抜かれ、ポルシェ991は激しく振動しながら側壁に衝突した。
 もう少しで高射砲塔にたどり着いたのに。
『子供たちに手を加えたのは久留島大佐という人物です。私たち親は久留島大佐から子供たちを取り返さなければなりません。子供たちを久留島大佐の戦争に利用させてはいけません。このラジオを聞いている方の中には久留島大佐に協力している人もいるでしょう。どうか親としての責任を果たしてください』
 停車したポルシェ991に銃弾が浴びせられる。
 僕は日沢繭子に覆い被さった。
 なんとしても日沢繭子を守らなければいけない。
 今、僕にできることはそれくらいだ。
 その時、砲声が大気を震わせた。
 顔を上げると、高射砲塔から黒煙が舞い、狙撃ヘリが爆音を轟かせて四散していた。
 高射砲塔が狙撃ヘリを撃墜してくれたのだ。
 僕は賭けに勝った。
 だがサヨイの言葉がなければ賭けに負けていたかもしれない。
 痛いほどサヨイの愛情を感じた。
 僕は日沢繭子に語って聞かせた。
「言葉が敵を撃つこともあるんだよ」
 子を想う母の言葉ほど強く心を打つものはないのかもしれない。



 後日、僕はニコさんの研究室を訪ねた。
 時刻はこの前と同じ正午。
 研究室はすっかり元通りになっていて、狙撃された痕跡はなくなっていた。ニコさんは何事もなかったように葉巻をくゆらせていた。
 ニコさんは繭子さんのことを尋ねた。
「繭子の様子はどうかな?」
「大尉さんの話では宮中の生活に戸惑っているそうです。銃が身近にないのが不安だと訴えているとか」
「繭子らしいな」
 とニコさんは苦笑した。
 僕はニコさんの背後に見える二号館に目をやった。
「あの時、スコープの反射光が見えなければ危なかったですね」
「そうだな。あの時は助かったよ、探偵君。君は実に男らしかった」